前話にて私の小学校プランの一連を書いて、何だか一件落着感が漂っているが、現実はそうではなかった。

 普通学級で私の担任になった人は中年の眉間にシワが切り刻まれた、何とも気難しい顔する女性の先生だった。

 名前を「土屋文玲」先生として、土屋先生の特徴を言うと、良く言えば「熱心」、悪く言えば「熱狂」。

 まず母などの通級関係者に言ったのが、

「LDなんて意味が分からないものを作らないでいただきたい。そうやって『勉強が出来ない』を病気とするなんて理解できません。はっきり言いますが、LDは甘えです」

 土屋先生は自分の考えに忠実だった。

「綿飴君、次の文読みなさい」

「綿飴君、次の計算答えなさい!」

「綿飴君、よく見て漢字書きなさい!!」

 市の教育委員会や特殊学級の伴先生から直接説明を受けているのに、断固として他の子と同じ扱いで授業が進められた。ただ当時の私は教室にいても授業そのものを聞いておらず、ただ口開け上向いて天井ばかりを見ていた。

「綿飴君、ちょっと綿飴君!」

 先生がいくら私を呼んでも気がつかない。自分の名前の発音も文字も一切知らないから、その雑音が自分を表す音だなんて夢にも思わないから分からない。私の肩を揺さぶらりながら怒鳴ったって分からない。その説教だって説明だって全ては言語。言語が理解できない私からしたら、不快な音と不明な模様にしか読み解けない。どんなに言ったって、分からないんですよ、先生。

 でも土屋先生は認めなかった。

「よく聞きなさい、あ い う え お」

「お お お お お」

「そうじゃない、あ い う え お」

「お お お お お」

「違う」机ドンッ

「お お お…」

「違う」机ドンッ

「おっ おぉ…」

「泣くなら答えなさいっ!!」

 このように私はわずか7歳にして平日5日中4日の居残りを経験した。平仮名の発音から書写、算数の数字から計算式、最終的には鉛筆の正しい持ち方まで徹底的に叩き込まれた。

 しかも当時の私は大変筆圧が弱い上に超鋭角から書いていたからノートの黒鉛は大変薄く、しかもフニャフニャな情けない波線しかなかった。

 でも、そんな私にも一つ得意な科目があった。

 それは「習字」。鉛筆はフニャフニャなのに、墨筆は何故かピシッと書けていた。

「綿飴君すごいね!! 字が書けるようになったんだね!!」

「…お おー?」

「(この子、何も分かってないで書いているな…)」

 ご名答で何も分かっておらずに寡黙に見本を真似したまま書いていた。

 でも土屋先生は私には書道の才能があるとして、母に何回も説明していたらしいが

「『書写障害』がある以上ありえないし、才能としてどうでしょう」

と、しばらく意見がすれ違っていた。

 ただ習字の上手さに関しては母も通級の伴先生も認めていた。

「うーん、障害あるはずなのに分からないわねぇ…」

 たとえ理論上は書けなくとも現実にこう書いているのだから、むしろ認めざるを得ない。

 今となって思うが、おそらく土屋先生は先生なりに私の生き残れるものを探してくれていたんだと思う。そして「ただの一人の生徒」としても。今も書道の才能が残っているのか分からない。ただ自己流が許される今なら筆が踊ると思う。

 そんな上手い習字の授業以外は相変わらず勉強がダメだった。

「これが『カ』で、これが『力』で、これが『か』で、『か』に濁点を付けるときは点々を付けるから『ガ』じゃなくて『が』で、『ガ』に濁点を取ったら『カ』になって、『力』は漢字だから濁点は付かないから、この三つの字は違うでしょ!?」

「Aくんは消しゴム6個、Bくんは消しゴム3個、二人合わせて何個になる? そしてCくんがAくんとBくんから合わせて4個貰ったら二人の消しゴムは残り何個になる? ほら簡単でしょ! 何個!?」

 そうです、駄目です、鞭です…。

「(見分け方がまったく分からない、全部同じに見える…)」

「(えーと、えーと、まず何て書けばいいんだ…?)」

 そうです、駄目です、無知です…。

 鬼指導だらけの1年生が終わって、2年生の担任にまた土屋先生がなって、3年生になってもなお土屋先生が担任で、結果的に小学校生活の半分を地獄で過ごした。

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【あとがき】

 この「土屋文玲(つちやふみれ)」は仮名で、その由来は私の大好きな映画『セッション』に登場する鬼教師「フレッチャー教授」からヒントを取りました。

 特に本編に出す予定のない設定なので、制作裏話的なノリで今ここで出しておきます。

 あと、このブログに出てくる仮名たちはそういう筆者の思いつき的なノリをもとに作られていますので、この由来は何かとか深く考えずにドンドン読み進めてください。

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