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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

タグ:自分なり

 自分の住む部屋の窓から見える光景の遠い先に高圧送電用の巨大な鉄塔がある。

 そして、その巨大な鉄塔の麓にいつも利用する最寄りのバス停があり、そのバス停で待っている間、時々その鉄塔を見上げては毎回思うことがある。

「もし怪獣が実在していたら、きっとこんな風に見えるんだろうな……」

 小さい頃からゴジラとかガメラとかウルトラマンとか、最近ならクローバーフィールドとかパシフィック・リムとかキングコング(髑髏島の巨人)とか、自分にとって怪獣映画は自身の趣味を支える柱のひとつである。

 また、今まで観てきた怪獣映画の本数分の柱で構築されたような巨大な鉄塔に自分の思う怪獣像を投影しているのだ。

 もし実際に怪獣がいたとしたら、まず最初に襲われるのは最寄りのバス停で待つ私だろう。それは死活問題だから動かないでほしい。できることなら一生そのまま止まっていてほしい。

 そう考えると、まるでヤシオリ作戦が成功した後のゴジラ(『シン・ゴジラ』2016年:日本)を見ている気分だ。まあこの鉄塔よりあのゴジラのほうが数十倍も大きいから、サイズ感に基づいて言ったら新宿歌舞伎町にあるTOHOシネマズ新宿のゴジラ像のほうが近いかもしれない。

 そういえば『シン・ゴジラ』の最後に主人公(長谷川博己)は動かないゴジラを見ながら一言だけ呟く。

“「人類は、ゴジラと共存していくしか無い。」ーー矢口蘭堂”

 東京日比谷にある東宝本社前にあるゴジラ像と共に飾られている言葉だ。

 この鉄塔は自分が生まれたときにはもう建っていたから、少なくとも30年以上この場で共存している。

 最初は異質の存在だった怪獣もそれだけ共存していたら誰が目を向けるのだろうか。仮に目を向けるとしたら、きっと悪い意味で共存する概念がまだ無いものだと思う。

 つまり子供だ。子供は日常に潜む怪獣を見つける天才だ。それは常識に囚われない自由な発想の源でもある。だから常識では存在しない出来事を視覚的に具現化、そして自由な発想を全面的に肯定してくれる怪獣映画に夢中になるのだ(別にヒーロー映画でも通じる話だが、あくまで怪獣好きな元子供の個人的な意見なのであしからず)。

 待ち始める時間にもよるが、タイミングが合えば、だいたいこの辺りでバスがやって来る。だからといって妄想が終わるわけではない。今度はこのバスに乗って、硬直する怪獣からいち早く逃げなくてはいけない。怪獣は今電線で縛られて動けないから、この足かせに手間取る時間を利用しないわけにはいかない。

 バスの運賃表が数を増やす毎に怪獣の姿は住宅街の山々に隠れていった。そしてバスはビル群に突入して、駅前まで近づくことに成功した。あとはバスより速い電車に乗ればアイツの手から逃れられる。

 電車から先は普段の生活に戻る。今日の出先に向かう普段の生活に戻る。

 夜になって、あのバス停まで戻ると鉄塔の先端がゆっくりと赤い点滅をしていた。まるで呼吸してるように見えたので合わせてみた。ぐっすりと寝ているみたいだ。起こさぬように静かに帰った。

 翌朝、再び窓を覗くと、怪獣は黒長い光線を窓の先まで真横に放っていた。

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長谷川博己
2017-03-22
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【あとがき】

 怪獣映画の魅力は何でしょう?

 魅力の定義は人それぞれですが、自分なりの魅力が書けた気がします。

 今日本で怪獣および特撮映画の魅力を語らせるとしたら、やっぱり『シン・ゴジラ』の総監督である庵野秀明じゃないでしょうか。

 監督の(変態的に)情熱を注ぐ部分はドラマ『アオイホノオ』にて容赦なく描かれていると思います。やっぱり原作者(島本和彦)が同級生だとキャラの人物像がいきいきとしていて、アンノがいかにバケモノなのかがよく分かります。神の申し子かと疑うぐらい変態的だからこそ最終回(ドラマ版)のモユル(主人公)に贈るアドバイスにはグッとくるものがありました(あれ本当に言ったのか気になるぐらいすごく好きなシーン)。

 そんな監督の情熱で『シン・ゴジラ』が製作されたわけですが、数日前のネットニュースでは庵野監督が『シン・ウルトラマン』が年末に製作開始するとかしないとか(円谷プロは「当社が発表したものではない」と声明だしましたけど)。

 実際どうなのか分かりませんが、さすがに来年の『エヴァンゲリオン劇場版』公開を遅らせてまでとは思いません。でも『アオイホノオ』で映像課題に自作のウルトラマン映画を製作した(これは実話)あの監督が本気でウルトラマンを作るとなると、特撮好きには見逃せない話題です。

 一部の記事では主演に岡田准一、ヒロインに土屋太鳳の名前が挙がってるみたいですが……なに、岡准が科学特捜隊(ウルトラマンに変身するハヤタ隊員的立ち位置)になるの?

 そんなの3分契約のウルトラマンより永久保証の岡准を体長40mさせたほうが手っとり早いじゃないか。

 ジークンドー(ブルース・リーが設立した実戦と哲学を重視したカンフーの流派)・カリ(フィリピンの伝統武術。棒・紐・ナイフも使用するのでFBIや世界中の軍隊が採用してる)・USA修斗(打撃と寝技の融合“打投極”を極めた総合格闘技)の師範(インストラクター資格取得)だぞ。ジョン・ウィックみたいにエンピツ2本ほど渡しとけば怪獣5匹ぐらい倒してくれると思います。さらにショットガン渡せば確実に頭撃ち抜いてくれると思います。地球防衛の永久保証“岡田准一”!

 気のせいか、だんだん岡准がマグマ大使に見えてきた。大変頼もしく感じる。

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 ちなみに「マグマ大使~!(ピポポ・ピー!)」と笛を吹くマモル少年のお父さんは岡田真澄ですので、くれぐれもお間違いなく。

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【お知らせ】

 またまたまた呼ばれて飛び出ててジャジャジャーーーン!!!と通常更新お久しぶりでございます。

 またもや更新の復活とか今後の活動とかどうこう的な話なんですが、実はしばらくの更新を昨年8月で一時停止してた過去編の続きに当てようかと思います。

 なぜそんなことを思ったかというと、平成終了まで直前に来ているのだと先月末にやっと自覚しました。

 個人的に平成は負の思い出が目立った時代ですので、負の思い出は負の思い出ちゅうに処理すべきでは…?そうしないと私は新元号を受け入れられないのでは…?と脳筋堂々巡り・悟リフレインに考えました。

 できれば3月中、いや4月いっぱい……。

 週2回更新を目安に、が、頑張ります…!汗

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 昨日に続き、またもやレジネタである。

 近所のスーパーで晩ご飯の材料を揃えて、レジで会計を待っていたとき、隣のレジつまり私の前にある隣の列のレジにて、明らかに元ヤンな40代くらいの明るい茶色の長髪女性が会計していた。

 位置的に私は彼女の後ろ姿を見る形になるのだが、ついチラ見である気になる点を見つけてしまった。

 耳の上を分岐点に髪の毛が分けられたそのわずかな隙間、彼女の右耳後ろの皮膚部分にワンポイントの小さい黒色の刺青(タトゥー)があったのだ。

 動物や文字ではなく何というか、メラメラ燃える炎のシルエットというか、男子中学生が好きそうなドクロの挿絵がある英字新聞の白黒反転された痛いTシャツの模様にありそうな、そういうものが彫られていた。

 ねぇ。これ誰が見るの…?

 また別に彼女のどこかに立派な刺青があって、耳後ろのはオプション程度だとしても、わざわざ耳の後ろまで見にいく人はいるのか。

 一般的に刺青といったら、外人モデルのオシャレなデザインとか 筋肉ムキムキ軍人のアメリカンなやつとか、遠山の金さんの肩の桜吹雪とか、任侠映画の背中に彫られた天女とか般若とか、そういうを指すイメージがあるから彼女のワンポイントはある意味意表を突かれた。

 彼女が丸刈りとかスキンヘッドとかそういう大変トガッた髪型だったら友人や通行人に見える機会が増えるかもしれないが、彼女のは工藤静香みたいな長いソバージュである。圧倒的に見える機会が少ない。私だって角度的な機会で見えているだけだから、通行人はさらに見えない。

 というより本人自身も見えていないだろう。鏡で見えない部分の刺青に何の意味があるのか。自分は端から彫る気はないし興味もないが、たとえ彫るとしても自分の視覚の範疇に作りたい。眼球から一番遠い足裏ですら自分で見れるだろう。耳後ろなんて鏡を介してアクロバティックな自撮りでもしないと見れない。そんな苦しい思いしてまで彫る刺青とは何だ。

 たとえば全身刺青する漁師は自身が海難事故で流された際、いかなる場合(岩場で顔面すり潰されたり、サメなどに体一部食べられたり)でも家族に自分を知らせるためだそう。そのおかげで自身の遺体が家族の所にたどり着けた例は少なくない。

 また背中の刺青なら一生自分が見れなくても、周囲に黙ったまま己の存在を主張が出来る。漢は黙って背中で語れ、任侠はその美学で成立している。でも(他になかった場合)耳後ろの小さな刺青で誰が恐れ入るのか。銭湯に行っても老眼のお婆ちゃんから「おねえちゃん、ちゃんと耳の後ろも洗いなさい」と優しく注意されそうな。

 何だかサザエさん的なアットホーム感があって、温かい感じでまとまりそうだから別の観点から攻めてみよう。

 色々と考えてみたが、もうなかったので諦めよう…。

 とりあえず彫るからには本人は何か意図があって、その部分に彫ったのだろうから他人である自分が理解できるはずがない。理解の範疇が越えたものにはもう立ち入らないのが自分のセオリーである。

 私の脳内がそうこうしている内に私より向こうの会計が先に終わった。彼女は「っかぁぁぁ!!」とイラつきながら耳の後ろの刺青部分をポリポリ掻いてから財布を開けた。

 やっぱりさ、それ、いらないやつだろ。

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【あとがき】

 何やら長々と書いていますが、実際時間は30秒ちょっとぐらいで、そういうクセなのか脳内の考えるテンポが異常に速いんですよ。

 そういう初段階時点のテンポは必ず共通して一切言語化されていない雰囲気です。写真というか映像というか漠然と記号化された様々な絵図が異常に速いアニメーションとしてバババといくつも動いて、自分なりに結論だと思う絵図を脳内に出します。

 その経緯を辿り直す形で思い出していき、今みたいな文章としてまとめる作業に入って初めて自分はこういうことを言いたかったんだ・主張したかったんだと改めて自身の考えを深く理解していきます。

 ずいぶんと回りくどい作業をしているように見えますが、自分にとってはこれこそ一番早く安全な作業なので苦は全く感じません。

 それより最初から整理化された文章・図案として考えるほうが自分には難しいです…。

 まずは脳内を散らかしていかないと何も思いつかないし作業も進みません。たとえ非効率だとしても、私のプロセスをお許しください。

 またそんな私のプロセスがかかっても、耳後ろの刺青の意味が分かりませんでした…。

 この人の気持ちが分かる・何かヒントになる情報があるという人は、コメント欄なりメッセージなり私にご教授お願い致します…!

(最後に、これは私個人のやり方、あくまで自己流の範疇での話なので。もちろん万人に有効な手段ではありません。ですので話の半分ぐらいは真に受けないでください)

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