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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

タグ:科学部

 私は山に行く。

 いや、これは第14話のタイトルを復唱しているのではなく、実際に私は今山梨県北部の鬱蒼とした山奥を歩いている。

 なぜこうなったのか。

 事の発端は今から1~2ヶ月前に遡る…。

 私が当時入っていた科学部は世間一般に思う科学部と少し違っていた。

 基本1年のほとんど理科室で過ごすのだが、8月中の3日間だけこの前提は対象外になる。

 我が科学部は毎年文化祭の出し物が決まっている。

『f(今年の文化祭の出し物)=展示{鉱物(実物)+研究レポート}+化学実験(簡単)+α』

 これが我が部の出展数式である。なので文化祭前になって黒板前に集まって「何をやろうかなぁ…」と乱雑な箇条書きにウンウンと悩む必要も特になかった。

 ちなみに最後のαは「(各自×自由)」を意味し、何かやっても良いしやらなくても良い。ただし自己責任なので経費や領収書などは一切降りない。下手に「(出費+火傷)」したくない私には関係ない項でもあった。あと追加解説すると、先ほど式の中に「鉱物(実物)」とあったが、実はこの項は毎年変わるのだ。

 もうどういう意味か分かるであろう。

 展示する鉱物の発掘調査として毎年夏休み中の8月上旬の約3日間、鉱物が採れそうな現地に合宿するのが我が部の伝統なのである。

 なぜ鉱物なのかというと、顧問の柵木先生(物理)が地学も兼任しており、本人自身も鉱物マニアかつ学生時代は登山部出身でもあるから自ずとこういう形の調査合宿が生まれるわけだ。

 ただ普段旅行に縁がない家庭で育った旅行好きの私には数少ない機会の一つでもあるので苦痛ではない。何より青空と森林が生む空気は肺と心にとって大変美味しくて都会で溜まっちまった吐息がどんどん去っていくのが体の底から分かる。

 このまま書くと素敵な旅行記になりそうなので少し現実的な部分を書くとしよう。

 当たり前の話だが、地球上にある物体の全てには質量がある。

 それは今私たちが背負っている重いリュックでも同じだ。

 今回は表現の便宜上、このリュックを大きい球体に例えるとして、急勾配を上る疲労困憊の私たちが休憩で、その場にリュックを降ろした場合どうなるだろう。

 もしこれを物理のテストに載る図に再現したらリュックは重力と傾斜に伴った方向に潔く転がるであろう。何なら背負う人間だって物体なんだから、相当の摩擦があっても重力と傾斜に伴った方向に潔く転がるかもしれない。何時間も山に登って相当疲れているからあり得なくもない。

 だけど現実はそうではなくて、下に転がらせないよう球体を背負いつつ自身と合わさった質量を抱えた状態で二つの靴底と荒い砂利道の接触で生まれる数少ない摩擦面だけで永久に続く重力と傾斜に逆らう。

 登山は物理学に逆らう行為なのか。

 いや違う、質量が重いほど靴底の摩擦力は増えるから抗力(足が地面を押す力の反作用)で反対の足が上がれる。

 これはニュートンの運動第3法則『作用反作用の法則』で説明される現象だ。

 登山は物理学を尊重する行為だった。

「あと少しで現地だからそのまま行くぞ~!」

 その台詞、1時間前にも、聞きましたよ、先生…。

 しばらくすると雑草よりも岩肌の露出が目立つ少し荒い平野に到達した。

 ここが今回の採集ポイントであり、都心に近くて全国的にも有名な採掘場である。

 そういえばここまでグダグダと書いてなかったがここで採集する今年の鉱物は「石英」である。

 二酸化ケイ素(SiO2)が結晶化してできる、やや白く濁った六角桂状の綺麗な鉱物で、陶器・ガラス・光ファイバーの原料となる。もしこれで純粋(無色透明)があれば名は「水晶」として高値で取引されるが、もちろん素人には出会えない稀少物なので誰も最初から期待していないのが現状である。

 とはいえ宝くじ買うときの淡い期待に似たような心境を胸に秘めて私は発掘を始めた。

 科学部全体の平均成績はまずまずといった感じだった。

 展示するには量は十分だが質はイマイチであったが、そんな中で確変が起こった。

 私が掘り出した六角桂状の石英(約2cm)が水晶に近い透明度を誇った。

 これには「ウォー!!」と叫びながら顧問と他の部員たちにドヤ顔で見せびらかした。

 3年生の先輩たちには

「お前スゲェじゃねぇかー!!」

と褒めてもらったが、後で顧問と残りの部員から

「お前さ、3年生は今年で終わりなんだから少しは察しろよ…いや確かにスゴいけど」

と忠告を受けた。

 目立つ記録を出そうと場のテンションで粋がってしまった私は先輩たちの顔に泥を塗ってしまったことを数十時間前に居たであろう山岳を帰りの車窓越しに覗いてジワジワと反省した。

     〇

 少し時は経って8月の中旬。

 私は大学の構内を歩いていた。

 しかも学生サイドで。

 いやオープンキャンパスに参加してる高校生サイドで。

 まだ高校1年だし少し早いかもしれないが、中学はろくに準備せずにいたから直前まで決まらなかったし、昔と違って「機械工学部」に行きたいという希望進路もあったから早いに越したことはなかった。

 今私がいるのは全国の私立大学レベルでも最下層のFランク大学『S工科大学』。

 ここの工学部はウチの高校から指定校推薦で毎年進学している、いわば御得意様の大学である。

 進学するかしないか以前にどういう所なのか参考までに頭に入れたかったので今回ここに来ている。

 ここは研究よりも就職に役に立つノウハウをモットーに、座学では得られない経験の実習をメインに、1年から大きな工場が扱う工業機材を使って渡された図面通りのパーツを作る訓練をしている。

 もちろん製図の実習もあるのだが、パンフレットに載っていた授業中の写真には生徒がイスに座りながらキャンバス板に乗る大きい方眼紙に鉛筆と定規で直接描いていた。

 えっと、CAD(コンピュータを使った設計)じゃないんですか…?

 いくら工業の基礎知識とはいえ一から手書きで製図する工場って今どき地方でも少なくなっているのでは…? それとも別にCADの実習があるのかな? あいにくパンフレットのカリキュラムには書かれていないけど…。

 そうこうしてる内に体験授業が始まった。

 今回の授業内容は「アーク溶接」。

 溶接には凄く大まかに分けるとアーク溶接とガス溶接の2種類あるが、アーク溶接は部材に高圧の電気を流すことで部材同士を溶かして接合させる(略して溶接)、よく工場とかで見かける青白い強い光が飛び出す作業である。

 ちなみにあの青白い光を「アーク」と言い、アーク放電という電極から電子が飛び出し他の電極に移行することによって電流が電子の移動と逆方向に流れる現象で、これが連続的に発生してる状況の…(以下省略)。

 つまりアークが出る溶接で覚えてほしい。

 そして飛び散る火花を「スパッタ」と言い、その正体は高熱で溶けた部材なので誤って服の中に入ると火傷どころではない…。

 体験授業を行う実習室では私を含め10人ほどの高校生が分厚いエプロンと皮手袋とゴーグルを着けて、鉄アレイみたいな重い機具に溶接棒を付けて、素人だらけの溶接大会が始まった。

 さっそく問題発生。

 どうしよう、ゴーグルがあまりに暗すぎて鉄材と溶接棒の位置が把握できない…。そして…機具が重い! 尋常じゃなく重い!! 少年ジャンプ何週分なんだ!? 筋肉が痛くて震え始めた…。

 もういいや、適当に目星つけて……

「何しとんやワレ死にたいんかっ!!!」

 その声は体験授業の先生で、先生というより現場監督の名に少し近い作業着のお爺さんだった。

「てめぇの甘い認識で片腕落ちんやぞ糞ボケが」

「あぁう…すいましぇん…」

 だったら監督。お尋ねしたいが、

『鉄の融点(溶ける温度)は約1550℃』

一方アークの中心部は約3300度で太陽の表面温度の半分以上。

 しかも50cm離れた皮膚が数秒浴びただけで炎症起こすほどの強烈な紫外線で出ているし、最悪の場合では皮膚ガンにもなる。このアークを裸眼で見た場合、「電光性眼炎」という目の炎症により視力低下もしくは失明の可能性もある。またヒューム(酸化鉄による煙)の発生で、大量に吸った場合、金属ヒューム熱や塵肺(じんはい)で治療できない事態になる。

◆金属ヒューム熱……金属蒸気の凝集物を吸収することにより起こる症状。

◆塵肺(じんはい)……粉塵(ふんじん)などを長期間吸引したことで肺の細胞が繊維化し固まって呼吸困難になる疾病。補足すると塵肺患者の約20%は溶接工員。

 そんな危険な作業なのに何でマスクが支給されないの? そもそも塞ぐマスクないから監督も私もペラペラ文句言えてますもんね! そして作業机一つ挟んで後ろに父兄の方々がマスク、ゴーグルなしで無防備に立ってますが危険すぎません!?

 そこにいるウチの母、過去にメラニンが増えて大変なことがあったから強い紫外線とか本当にNGなんですが…。

 ……と心の中で静かに怒鳴っている内に体験授業が終わって進路相談の三者面談に移った。

 まず目の前の大学職員に「自由立高校1年、希望は機械工学科です」と述べた。

 ここから少しだけ会話劇が続く。

「1年から来るなんて積極的だね! どうだったウチの学校?」

「よそをまだ見てないので分からないですが大変個性を重要視した学校ですね(皮肉)」

「そうでしょー? ウチは生徒の個性を大切にしてるの」

「(そういう意味じゃないよ…)」

「えっと、おたくの大学に入る際、取得必要な高校教科はありますか? 一応、物理Ⅰと化学Ⅰと数学ⅢCまで履修予定なんですが」

「あー教科? 特に指定ないですね。何だったら文系コースでもウチ願書書けば合格出しますから」

「(えっいま衝撃発言が…)でも講義受ける上である程度の基礎知識が必要では?」

「そんなに授業のレベル高くないから安心して」

「(授業じゃなくて講義の話をしてんだよ。というか講義を授業と言ってる時点で…)」

「ぶっちゃけ数学とか物理とか入ってからやればいいですし、内定さえちゃん取ればウチとしても有り難いんでねぇ」

「(ぶっちゃけすぎでしょ…)そういえばパンフレットに載ってる製図の授業、見た限り手書きですが別にCADの授業もあるのですか?」

「おっCADなんてキミ物知りだねぇ~! そういや他に見学する大学とかある?」

「(ぶっちゃけないんですね…)まだ決めてないですけど、TE大学やM工業大学(どちらも私立の偏差値50台)辺りとか……」

「え~あそこっすか~? 関係者だから言いますが、ここだけの話、二つともマジで良い噂ないですよ。俺の友人の甥っ子がM工大に入ったんですけど何か説明会で聞いてたのと違ってたみたいで中退したから間違いないですよ! その点ウチは(自分の胸トントンッ)大丈夫ですからっ!」

 うん、間違ってた。

 誰がこんな所に行くかっ!!

 そこに関しては母も同意見だったし、家に帰って作業現場の安全管理に詳しい父に話したところ、

「論外すぎて全く話にならん。絶対行くな!」

と我が家総スカンで幕は閉じた。

 当時の私にとって「科学」とは何にも代え難い大変崇高な聖域だったので、唯一無二である科学に対してぞんざいな扱い、ましてやそういう態度に許すことができなかった…。

 いま振り返ると狂信者だったんだと思う。

     〇

 また少し時は経って8月の下旬。

 これは日付を覚えているので記す。

 8月31日。

 母方の祖父が亡くなった。

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【あとがき】

 亡くなった祖父との思い出は第10話をご覧ください。

 この8月はとにかく慌ただしかった。

 とはいっても普通に書けばいい所をむりやり引き伸ばしてる感も否めないが…。

 日本が終戦を迎えてから60年目に死去という祖父にとってもう一つの還暦を過ごしたのは何かの縁だろうか?

「そんなの知らないよ」

 まあ、何かの縁だと個人的に思いましょう…。

 そして…ここ数日更新が遅くて申し訳ありません…。

 色々と個人的な事が重なって忙しいのもありますが、単にスランプが重なりすぎて筆が進まなくなってる。そう言った方が正しいかもしれません(ヒットしてないのに気分は大作家)。

 個人的には1文字目に書いたテンションで最後まで書き切りたいのですが、そうなると3~4時間ぐらいまとまった時間が欲しいです。

 えぇ、夏休みの宿題は24時間テレビの後にやるイベントですよね?

「明日やろう」を40回言っただけで夏休み終了。365回言っただけで1年終了。どうりで1年が早いはずだ。

 そもそも私の身体は怠惰と無能のハイブリット構造なんです。

 記事の更新は明日やろう。

 その結果こうなりました。

 ごめんなさい。

 嘘です。

 ちゃんと頑張ります。

『明日やろうはバカ野郎』

 はい、バカ野郎です…。 
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 降りる駅の近くにある桜の遅い開花で、まだ制服に味がない新生徒の入学式は余所よりは仄かに彩りよく始まった。

 私が入学した『自由立高等学校』はおだてにも偏差値は高くないが学費も高くない。また開校70年以上変わらない教育方針として積極的に徹底的に風紀に厳しく、理由はどうあれいつでも制服の学ランはまず第1までキッチリ閉めないといけない。

 何なら私が入学する5年前までは「髪型は坊主」と生徒手帳に記載されていたほどの校名に似合わぬ超硬派な男子校であった。

 ちなみに私の隣にいる出席番号1つ後ろは登校初日から第3ボタンまで開けてる大変分かりやすいタイプの不良で、もちろん先生たちとの衝突もあった。今後登場する予定ないのでネタバレすると、彼は高校2年後半から風紀委員長に就任し、まず誰よりも正しい生徒の模範として卒業するその日まで己の職務を全うした。

 これは他のクラスでもそうなのだが、私が配属された1年4組は男子校なので教室には野郎しかいない。

 では共学が良かったのかと聞かれると答えはノーである。

 今までの学生生活から基づくと一人を除く同世代の女子に対して気まずさと恐怖感を抱いていた。

 とてもではないが、どう接すれば良いのか分からない。分からないから気まずくなる。気まずくなるから怖くなる。

 別に誰でもいいから彼女が欲しいという考えもないので、今は誰も私の過去を知らないこの野郎だらけの教室で少しずつやり直すことに専念したい。

 ここで少し訂正を入れると教室にいる全員が男性なわけではない。

 たとえば女子校の担任が男性であるように、このクラスの担任は女性である。

 担任の名は絵布小鞠先生。担当教科は生物(今年は理科総合A)。絵布先生は国立の女子大学・大学院にて理学博士を取得した正真正銘の理系女子である。更にこれから入部する科学部の顧問でもあったので、何だかんだ付き合いが長い結果になった。ちなみに先生は及川光博の大ファンだったが彼の結婚報道でた時は私はもう卒業してたので現在どうしてるか知らない(※暴露)。

 話は変わるが個人的な朗報が四つある。

①いじめる不良がいなかった。

 クラスに怖い不良がいるかいないか、これは今後の学校生活において最大の賭けだと言っても過言ではない。

 先ほどの例でもそうだが、ウチのクラスにいた不良たちはビジュアルはイメージ通りなのだが、小中学時代に遭遇した奴らのような人として卑しい行動する人がいなかった。

 たぶんクラスのほとんどが地元民ではなく電車からの通学組なので1年生の内から休日わざわざ電車に乗ってまで仲間とつるむ要素がまだ足りなかったからだと思う。

 そのかわりクラス内では誰にでも声かける気前の良い兄ちゃんとして、人によって好き嫌いあれど自分には心地よかった。

 まあ、中には腰パンしている生徒もいたが次の体育でジャージに着替えるときに「俺マジ不良だからここまで下げたわ~!」とくるぶし辺りまで下げて教室を徘徊するレベルだ。

 他にも、その日テンション上がりすぎて駅のホームに降りて線路歩いてしまった生徒もいたが、それはさすがになので数日後に退学となった。その生徒とは別に友達でもない顔見知り程度だったから

「(ああはなりたくねぇな…)」と授業前の担任の通達を横目に重々思った。

 幸いにも私の周りにそういう奴はいなかった。

 唐突だった、紹介しよう。

②友達が3人できた。

 まず1人目は「杉下」。

 彼とは通学の電車が一緒でなんと降りる駅も隣同士だった。その縁か色々と会話する機会も増えて部活ない日はよく一緒に帰っていた。

 2人目は「仲代」。

 彼とはポルノグラフィティのファン仲間としてポルノの魅力やお互い好きな音楽の話題で独りよがりだった音楽観に花が咲いた。

 3人目は「七山」。

 彼とはどちらかというと悪友の関係に近かった。いわゆる高校生特有の“悪ノリ”を共にするメンバーだ。というのも彼は私のいる科学部に入部し、大変ノリが良い先輩たちと一緒に楽しくフザケてた。たとえばフリスク一箱50粒の一気食いとか。当時バカだと思ったが今でもバカだと思う。ちなみにフリスク50粒を口の中に入れると、水道水を液体窒素でキンキンに凍らせた氷を口に入れたときの感覚が味わえる(どちらも体験した私が言うのだから間違いない)。

 この繋がりで書くが、

③部活動が大変楽しかった。

 中学時代ずっと帰宅部だったから人生で初めて「部活」というものを経験した。

 中学3年で遅めに科学の門を叩いた私を気前良く温かく受け入れてくれたことは、そういう対応マニュアルをまだ持っていなくても嬉しかった。

 またその先輩たちも、

◆軍事ヲタク(科学部部長)
◆自動車ヲタク(副部長)
◆学年主席(参謀長)
◆写真部部長(掛け持ち)
◆人情派相談役(唯一の2年生)

 そしてウチら生意気な下っ端一年兵。

 時たま顧問である担任の絵布先生と3年生の学年主任の柵木先生(担当教科は物理)の叱咤と激励と説教くらいながらも窓が暗くなるまで誰かが笑っている。そんな超ユルユルな部活動だった。

 では部活が始まるまではどうしていたか。

④下手くそながらも勉強を楽しんだ。

 名誉的にあまり言うべきではないが、ウチの学校は偏差値が低い。

 ゆえにどの教科も基礎の基礎からスタートになる。

 だが、それが今まで知識が乏しい自分には合っていた。

 黒板に書かれている何もかもが新鮮に感じて、ここがテストで重要だとかすっ飛ばして、ただただ面白く頭の中に入れていった。あえて補足すると好きと得意は必ずしも比例しない。

 1学期の中間・期末テストの順位はたしか良くも悪くもなく真ん中ぐらい。でも今までの事からしたら上々の成績。何より赤点がないのは想像以上に清々しい。

 いっそ札束みたいに上に投げ飛ばそうか?

 いや普通に考えて出来ない。[反語]

 以下、4点をまとめると、16歳の自分には刺激が多すぎて疲れた。信じられないくらいに良い意味で。何だか疲労をかみしめたら鼻もかみたくなった。

 そういや男子校生になって進化したことがある。

 机の中にボックス型のティッシュが置けるようになった。これは共学では不可能な手段だと思う。ついでに周りにティッシュ必要な奴がいたらボックスを貸してカミュニケーション!

 こういうのは持ちつ持たれつである。

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【あとがき】

 いくつになっても中2のような臭い文章書くのは楽しいものです。

 渡辺綿飴です。

 今回は当時の楽しさを思い出したせいで過去類を見ないぐらい特定の登場人物が増えました。

 いくらエッセイとはいえ、いいのか、こんな勝手に出して。

 エッセイ漫画の大御所:小山健先生いわく、ネタにする人から激怒されることを覚悟の上で描くのがエッセイのコツとのこと。その教えを受けたエッセイ漫画の新星:原田ちあき先生は色々な人にビビりながら漫画を描いているらしい。なので、そのコミックエッセイを読んだ自分も色々ビビりながら書いています。

 この感じ、何というか…。

 完全に売れっ子作家気取りです。

 何にもないのに…。

 何にもないのに…。

 何にもないのに…。

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