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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

タグ:異常

 ここまでの私をまとめると「あああああ」と絶叫する異常な子供だった。でも3歳を過ぎるとさすがに違った。

 よちよちあんよで3歩進み(※当時3歳)

 全身の力を使い布団寝返り(※当時3歳)

 でも下半身の栓は閉められず(※当時3歳)

 なにより当時の私の大変お喋りで

「お、お、お」

 や

「お、お、お」

 や

「お、お、お」

 と、たくさん話していた。

 どうでしょう、明らかによその3歳児とは違う。

 何より、この繰り返す「お」とは?

 たぶん見当がつくかもしれないが、実は当時の私はこの「お」しか言えなかった。いや、正確に書くと『“お”に近い音』を発していた。
 
 ちょっと分かりにくいので朝の体操番組風に説明すると、

①まずは準備に猫背の姿勢~!

②次に、唇や声帯の力を目いっぱい抜きましょ~!(よだれが垂れそうなほど口をポカンと開ける)

③その状態で力を入れずに何かを発声!

④その声を断片的に出して!

⑤(イチッ)! (ニッ)! (サン、シッ)!

 それが当時の私の「言語」のすべて。
 
 もちろん我が家や地元のリハビリ施設とかで必死に言葉の練習をしたが、どんなにやっても回数も抑揚の使い分けのない「お」の連音しか言えなかった。

「パパ」
「ママ」
「お兄ちゃん」
「わんわん」
「にゃーにゃー」
「ぶーぶー」

 すべてが「お、お、お」

「おなか空いた?」
「ねむたい?」
「トイレ行きたい?」
「おもちゃで遊ぶ?」

 こたえは「お、お、お」

「あっ転んじゃったね! 痛くない?」
「ちょっと血が出てるじゃない!?」

 泣きながら「お! お! お!」

 周りからしたらこの子が何を言っているか分からない。私からしたら必死に伝えているのに何故か伝わらない。

 そのジレンマがピークに達すると私は癇癪を起こして、辺りの物を壊して、泣き叫びながら暴れた。

 しつこいが、この時点で3歳を過ぎてる。

 世間的に3歳児の代表格といえば、サザエさんの一人息子「タラちゃん」だ。『サザエさん』を観たことある人なら分かるが、タラちゃんは「普通の子供」だ。

 みんなと走って遊んで、自分の意志でトイレ行って、家族や友達とペラペラ喋る。これが私には出来なかった。言語能力の成長の異常に遅い。それなのに体ばかりはよその子よりも大きかった。それは目の前に体だけが大きくなる赤ちゃんがいるのように、日を重ねる毎にその異常性が吠える私をくるんでいった。

 あの時の専門医が診断した「知能が高い」は間違いだったのか。

 これは「障害」の一言で済むレベルなのか。

 私に関わった周りの人たちは皆そう思っていた。

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【あとがき】

 もし私がアメリカ生まれだったら、どうだったのでしょう。

 毎日「Oh! Oh! Oh!」と、ずいぶん愉快なチャイルドになっていたのでしょうか。

 そういえば私の祖父アメリカ人だったな。

 でも私の曾祖父母が明治時代のハワイにおける労働者確保として移民した純血日本人で、その間に生まれた出生地ハワイの日系アメリカ人の息子が日本に移住し帰化して日本人女性(第5話の祖母)と結婚したので、法律上では私はクォーターだが、血液上では私は100%日本人だ。

 というか私が生まれるずいぶん前にその祖父は亡くなっているので、名前は知っていても会ったことはない。家族の話だとハワイ人らしい年中アロハシャツのずいぶん愉快な人だったらしいから、やっぱり影響なのか。しかし最後まで日本語を覚えず英語しか話さなかったので、未だに英語が覚えられない私は少なからず影響を受けていない。

 つまり私のは、やっぱり日本語表記の「お、お、お」なんだな…。

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 突然だが、赤ちゃんが産まれてから約3ヶ月辺りを過ぎると区役所から「定期検診受診の通知」が届く。

 これは3,4ヶ月など特定の時期を過ぎた赤ちゃんの健康状態を見るもので、各地域の近くの病院や保健センターで無料で受診する。

 この定期検診では問診、心音、首すわり、股関節など9つを調べるのだが、その中に『大泉門』という項目がある。

 大泉門とは、おでこと頭頂部の間にある菱形をした柔らかい部分で、産まれたばかりの赤ちゃんはまだ頭蓋骨が未熟で完成しておらず、ここから1歳半まで掛けて周りの骨の成長による重なりによって閉じていくのだが、そうすると逆算から3、4ヶ月には「このぐらい閉じてるよね?」という規定数値が決まる。

 この項目では、その大泉門の現在閉じてる距離を測り、規定内かどうか調べる。

 距離が長かれ短かれ、ほとんどの赤ちゃんがパスする項目だが、私の場合は……。

「ちょ、ちょっとここで待っててください!」

 私のを測った看護師が診察室を突然飛び出た。

 ……またそういうパターンか。

 廊下へと消え去って数分後、その看護師は見るからに「ベテランの先生」を連れてきた。

 一連の話を聞いたであろうその先生も私の大泉門を測り、寝そべる私の腕を持ち上げて、何かブツブツと考えた末にこう言った。

「お母さん、お子さんには注射打てませんね」

「なぜですか?」

「いや、だって腕持ち上げたお子さん見てください」

 そこには首が座ってないにしろ有り得ないほど頭部が後ろに落ちてる私の姿があった。

 長らく一緒に過ごして鈍化した母も、これには「あー……」としか言えなかった。

「正直こんなにクラゲみたいな子、見たことないよ。これは脳に何か異常あると思うから、何処か専門施設で詳しく調べたら?」

 ズバズバと言い渡す先生。(※実際はもっとオブラート包んだ説明)

「はい、わかりました…」

 グゥの音も出ない母。

 とりあえず特殊なカルテを書いてもらい、後日に専門施設にて精密検査を受けることになった。

 それと同時並行に、様々な知人のツテから特殊な乳幼児の診療に詳しい先生に事情を話して直接診てもらえることになった。

 数週間後、都心から外れた閑静な地帯にある専門施設。ここで「ダメ」と言われたら「本当にダメ」と認定されるレベルまで来ている。

 専門医はどう見るか。

 私たち親子は入室した。

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【本日の参考文献】


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【あとがき】

 言い渡された帰宅途中の電車内にて。


「あんた…怖くない?」


「グゥー」


「…そっか」
 
 ……という都合のいい妄想寸劇。

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