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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

タグ:大人たち

 中学最後の2学期が始まった。

 少し関係ない話になるが、もし中学3年間を9学期で記した場合、今は「8学期」になる。

 さしずめ「終わりの始まりの中盤すぎ」というところか。

 この8学期には只でさえ不安定な気持ちに追い打ちを掛ける要素が溢れるほどに詰まっている気がする。仮に理由を分解したとして、それが「不な安定」なのか「不安が定」なのか分からない。それでも猶予があるから年を跨いだ本番の日よりは生半可に優しくて面倒くさい。

 そして初日から私は面倒くさい気持ちに満ちていた。国語、数学、英語、理科、社会、興味がない。興味ないんだよな。興味ないものが作業のように流れていく。そんな流れ作業の途中での技術は2学期の半分を使った課題演習で『電機製作実習』という授業だった。少し専門系らしく書いてみたが、要は技術室で簡単な電気機器を各自製作する実習である。

 今回作るのは「手回し発電ラジオ」。小さい穴が何個も開いている緑の基盤によく分からない字面のICチップら、回転させるとギュインギュイン鳴るモーター、ヘッドホン落としたときに見かける裸のスピーカー、当時まだ主流ではなかったLEDライト、それら部品から延びる針金を指定された基盤の穴に差し込んでは裏側でせっせと溶かした“はんだ”を流して固める。電子が堂々巡りするための回路を作るために週に1時間勤務の期間工になる私たちも一連の作業を堂々巡りする。

 しかもこのラジオ製作はあくまで実習であって授業ではない。ノートもエンピツもいらない。必要なのは細長いはんだの金属糸と、それを溶かす「はんだごて」という棒状のアイロン。あとはニッパー、ペンチ、ドライバー。そしてさっき述べた部品ら一式が入った先生から渡された未開封箱のラジオ製作キット。ご丁寧に薄い説明書も付いてるときた。黒板いらずだね、こりゃ先生も楽だわ。それにこのキット、デパートの中にある一店舗ではなく大きいビル丸ごとの東急ハンズで見かける『大人の工作』的な商品に近かった。

 大人の工作? ということは、この作業は大人になるための通過儀礼なのか? このラジオが出来上がった頃には私らは今よりも大人になっているのか? いやいや今は国語の時間ではない。とにもかくも目の前にあるノルマを黙ってやろう。幸いにも技術なんて図工の延長線みたいなもの、こう見えて図工は得意なのだ(図工により近い美術は壊滅的に下手だった)。

 説明書の文面は一通り読めるが、横にあるイラストの方が分かりやすい。

 まずこのパーツはこの穴に入れるのか。この電線はココとココを繋ぐのか、うわっ! こんな狭い部分にだけはんだ溶かせって絶対ムリだろ…ジュッ……おしっ! 上手くいった!!

 あれっ…これ、何というか……好き、いやそれどころじゃない。

 焦点が合った。雑音が消えた。全感覚が指先へと研ぎ澄まされていく。まるで世界が目の前の回路しか無いような、もしくは世界の“それ”に触れているような。不思議とそんな領域にまで達していた。脳科学でいう「ゾーン」に入ったのかもしれない。

 楽しい。楽しい。生きてる。

 いま自分は苦しい8学期の中を飛んでいる。

 でも良い時間は悪い時間と同等に有限である。1時間。残暑と機材熱で室内が茹だる1時間。それ以上に自分の中は茹だっていた。

「また来週お会いしましょう!」

 そんな調子が数週間も続いた結果、クラスで2番目に出来た生徒の半分の時間でラジオが完成した。

 ここからはモーターを目一杯回して作動チェック。アンテナを限界まで伸ばして……

 ギュイン

 ギュインギュイン…

 ギュインギュインギュイン……

「……だり線の激しい渋滞が続いています。東名高速道路の下り線は横浜町田インター付近を先頭に多摩川橋付近まで17キロ渋滞しています。首都高速3号線の渋谷から厚木まで1時間35分です」

 やった大成功だ!!!

 ラジオ受信した!!!

 いやまだ安心できん、LEDライトは付くか? ライト部分の覗きながらスイッチ入れた瞬間には視界に目映い閃光が散らばった。

 ああぁぁぁ!!!

 眩しぃぃぃ!!!

 でも大成功!!!

「お前うっさいぞー」

 この技術の先生にまで丸聞こえだった件に対して「あぁ…すいません」としか返しようがなかったが、抱えてる気持ちの10分の1ぐらいしか漏らしてないので差引き良しとしよう。

「おい、まだ出来てないヤツのサポートしろ」

「(うわっマジか)……えっと、それは」

「いやいらないから」

 ……差引き良しとしよう。

 この1時間のために7日間を生きた。おそらくたぶんぜったい大人になった。

 長く短い技術も終わり、校庭の葉も萎みゆく日の朝のこと。校門には見慣れない大人たちがいた。

 その大人たちは分厚い本をたくさん持っていて、校舎へと吸い込まれる生徒たちにポケットティッシュのような感覚で一人ずつ渡していた。

 さすがに頭の悪い自分でも分かる。彼らはどこか新興宗教の関係者で、あれは彼らの“教典”だ。ただでさえ億劫な朝から勧誘だなんてイヤだよ、まったく。

 そういや、この校門には現代社会を表すように監視カメラが設置されていて、職員室のモニターと直結しているはず。先生に呼び出しくらう度に見かけていたので間違いない。

 じゃあウチの教員は何故誰も止めに入らないのか? なに、忙しかったからとか気づかなかったとか粗悪な記者会見みたいな判を押した台詞で片づけるのか。分かったよ、結局は自己責任ね。よく分かりました。

 ここまでダラダラと述べたが対策手段は至ってシンプルで、つまりは受け取らず無視して教室に向かえばいいこと。

「さぁ、夢の楽園へ」

 意味が二重に被ってるだろ。お小遣いで内緒に新調した上履きに履き変えながら喉元でツッコんだ。

 今日もまた見いだせない一日が始まる。重たい教室の引き戸を開いた先には喝采が。

「人は皆、罪人なのだ…!」

「「カルマを浄化せよ…!!」」

「「「さぁ、夢の楽園へ…!!!」」」

 クラスの誰もがあの分厚い本を持っていた。たとえおふざけとはいえ感染されている。

「(…このまま学級閉鎖でもしないかな)」

 喉元でツッコんだ。

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【あとがき】

 率直に感想言うと「本当に楽しかった」。

 今までの人生の中で一番楽しかった時間だったと思います。

 ……はっ!

 こう書いたら、これからハッピーな展開ないのがバレてしまうっ!

 え?

 最初から興味ない?

 そ、そうか…。

 おじさん少し寂しいけど、そうか…。

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 同じ幼稚園時代の中の少しさかのぼった頃のこと。

 その当時、私は地元にある軽度障害児のリハビリ会に所属していた。そこである年の夏休みに静かな湖畔にあるログハウスで1泊2日の『お泊まり会』が計画された。

「子供の自立心を育てるのに良いね!」

 どこの親御さんでもそう思ったし、私の母もそう思った。

「大変かもしれないけど楽しんできてね~!」

 大きい駅の大きいバスの発つ大きいロータリーの集合地から子供たちを乗せて旅立った私と私を見送った母。

 一夜が経って、また同じ場所で私を迎えるために母は電車に揺られていた。

 まるで父兄参観化みたいになった場で待つこと数十分後、見覚えのあるバスが止まった。そのバスからクモの子を散らすように子供たちと先生数人が出てきた。

「おかえりー!」「ただいまー!」

「楽しかった?」「うん!」

 そんな楽しい会話が飛び交う中で、母は一番顔馴染みの先生に向こうでの私の様子をきいた。

「ウチの子、どうでしたか…?」

「綿飴くん、別に不安がる事なく落ち着いてましたよ!」

「そうですか! それは良かったです!」

「本当に助かりました!」

「へー、そんなにですか?」

「だってお母さん、向こうで……」

 先生の話す昨晩の出来事を聞いた母が消えた。

 宿泊の晩ご飯はカレーライスで、森と湖の近くにある野外の調理場でみんなで作るプランだった。食材準備、鍋調理、ご飯炊きなど各担当を部屋グループに分かれて、みんなで明るく楽しく調理する、はずだった。

 私の担当は野菜やお肉を小さく切り分ける「食材準備」で、準備担当のみんなでトントントンと明るい音を鳴らす中、一人だけ不安な顔をしていた。その子は自閉傾向のある子で、人一倍感受性が豊かなこともあってか何かしらの重い気持ちが渦巻いたんだと思う。

「大丈夫だよ! 大丈夫!」

 と側にいた先生さんは懸命に励ましていたが、徐々に渦巻く気持ちに負けてしまい、包丁を持ったまま叫び暴れてしまった。

 危ない!

 なに あの声は?

 やだ 怖い 助けて!

 先生さんたちも他の子たちも瞬く間にみんなに不安とパニックが伝染した。先生の一人が包丁持った子を押さえることに成功したが、まだ不安が消えていない。他の子たちも消えていない。とにかく子供たちをログハウスの中に集めよう。大人たちは必死だった。全員がリビングで1時間ほど待った頃には泣いて震えてる子供たちもだいぶ減っていた。

「さぁ、みんな。カレー作りに戻ろう!」

 そう言って先生たちは子供たちを連れて調理場に戻った。そして到着すると調理場のイスの一つにに何か小さい物体が座っていた。

 よく見ると、それはエプロンを着た私だった。また座っている私の視線の先には切り終わった大量の食材が入ったボールが何個もあった。

「……これ全部、綿飴くんが切ったの?」

 私はただ黙って頷いていた。

「ずっとここにいたの?」

 私はただ黙って頷いていた。

 どうやらみんながパニックになったとき、割と近くにいた私だけがパニックにならなかったらしい。泣いてる子供たちを大人たちが必死に移動させてたから泣かずに静かだった私の存在に誰も気づかなかった。

 日も沈んで真っ暗な森と湖に浮かぶ無駄に明るい私しかいない調理場で淡々と一人で野菜とお肉を切っていたらしい。自分の分が終わったから他の子の分も切る。全員の分が終わったから近くのイスで、みんなが戻ってくるのをひたすら待機していたらしい。

「おかげですぐにカレーが作れましたよ!」

 一部始終を聞いた母は何も言わずに珍しく激怒した。

 なに?

 暴れた子だけが優遇されるの?

 危険な最中、落ち着いてたウチの子は無視なの?

 もし振り回す包丁に当たって怪我しても本人が黙って我慢してれば介抱されないの?

 もし暗い森や湖にでも行ってしまったらどうしてくれるの!?

 というか、こんなに大人がいて誰も確認しなかったの!?

 確認してよ、バカ!!

 母は私を連れた帰りの電車の中で下向いて泣きながら繰り返し怒鳴ってた。人生でもこれほど怒ったことなかった、そう振り返って言っていた。

 だいぶ前にも「あのとき怖くなかったの?」ときかれたが、もう覚えていない私にとって初めて話を聞いたようなものなので「ど、どうだったんでしょ…?」としか返しようがなかった。大人というか大人しかったんだなと我ながら呆れた。

 この他にも「綿飴くん、朝の声かけの前にベッドまわり片づけて服も着替えて歯も磨いて、本当に手間がかかりませんでした! 良い子でしたよー!」とも言われたらしい。

 えーえー(都合が)良い子ですよ。と母は適当にお茶を濁した。

 その一件も含め、諸々の理由が重なった結果、そのリハビリ会を脱退した。ここを改善してほしいとかではないので辞める理由は「一身上の都合により」。

 むしろこっちが迷惑かけたみたいな雰囲気を残して去った。

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東野圭吾
文藝春秋
2006-02-10

【あとがき】

 振り返って書いてみると、ずいぶんと雑な扱いというか…。

 そういうことで先生たちは結局は謝ってはいません。

 話した本人もフリートーク感覚だったみたいなので指摘どうこう以前の問題だったんだと思います。

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