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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

タグ:★★★★★

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  作者:ルイス・キャロル
ジャンル:児童文学
 開催年:2019年
  会場:そごう美術館(そごう横浜6階)
  主催:そごう美術館、東映
観覧時間:120分
  評価:★★★★★
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【あらまし】

 イギリスの作家ルイス・キャロルの世界的名作『不思議の国のアリス』。誕生から約150年、170もの言語に翻訳、発行部数1億部を超える児童文学の傑作はいかにして誕生したのか。その秘密を貴重な書籍(初版本)と彼のスケッチから紐解く……。

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【感想的な雑文】

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 幼少の頃から慣れ親しんだそごう横浜前の大時計を左横目に、地下1階の賑やかなデパ地下に繋がるメイン出入り口から徒歩1分にある中央エスカレーター。そこから6階まで上がって直ぐに現れるのが《そごう美術館》。

 その美術館で現在開催されているのが『不思議の国のアリス展』である。

『不思議の国のアリス』は昔から親しみがあり世界観も好きなのだが、実は正式には読んだことはない。それでもあらすじを知っているのは、目から耳からの噂だけで話せる程度の情報に足りるほど国民的に有名である証拠だと(読んでない身分のくせに)私は思う。

 今回は歴史的に貴重な資料を元にアリスを3章に分けて読み説いていくのだが、まずは入ってすぐに曲がらないといけない入り口で顔がその先を向いた瞬間から《第1章:始まりの話-アリスの誕生》が始まる。

 物語が生まれたキッカケは意外にも単純で、1856年、オックスフォード大学で数学教諭していたチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは交流のあった新学寮長の娘リデル三姉妹を楽しませるために即時的に話したおとぎ話に興奮した次女アリスが「また聴きたいから本にして!」とせがまれ、ルイス・キャロルというペンネームでまとめたのが最初だった。

 ルイスは豊かな想像力と好奇心をノートに描いたスケッチとともにアイディアを膨らませ、そのアイディアから当時人気の漫画雑誌『パンチ』で人気を誇った絵師ジョン・テニエルの作画によってルイスとアリスの見た世界が私たち読者にも可視化された。

 美術館の壁に飾られているのは挿画の下書きに使われたジョンのデッサンイラストが数十点。鉛筆で簡単に描いただけなのに、その構図は私たちが知っているアリスのイラストそのもので、数あるアリス作品の中でもおそらく世間的に認知されているディズニー版はかなり原作に忠実に製作されたのだと気づかさる(ちなみにディズニー版の原画も別室に展示されている)。

 アリスの愛読者の中でも原画や初版本を実際に読めた人は何人いるか。それだけでも足を運ぶ価値があった。

 誕生の国を抜けると、新たな森に迷う。

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《第2章:アリスの物語-不思議の国への招待》では、世界中で翻訳された『不思議の国のアリス』の挿絵を描いてきた後生のイラストレーターたちの原画を中心に物語の時系列に基づいて展示。もしかしたら貴方が読んだアリスの原画があるかもしれない。このときほど本を読まなかったことを後悔した瞬間も珍しかった。また第2章はこの展覧会で唯一の撮影可能エリア。だけど撮影条件はSNSにアップ用ではなく個人の思い出のために。当時読んだときのワクワクした思い出のために撮影をする。なので、あえて写真はあげない。

 手に持ったスマホとデジカメは一旦カバンに納めて、美しい森を通り過ぎた先の広い丘は《第3章:アートの国-世界が愛する永遠のアリス》。こちらでは各国を代表する国内外の芸術家たちが自己流のアプローチで見せる『アリス』が展示されている。山本容子、清川あさみ、エリック・カール(『はらぺこあおむし』の作者)などの見やすく可愛らしい作品から前衛過ぎて反応に困る作品まで…(特にサルヴァドール・ダリとか草間彌生とかヤン・シュヴァンクマイエルとか)。

 また(私は参加しなかったが)大人気体験型イベント『リアル脱出ゲーム』とのコラボ企画もあり、展覧会に次々現れる謎を解き進めるのも楽しい(参加してみたけど閉館ギリギリだったから…)。ただ問題を解きつつ展覧も一緒に楽しむとしたら最低でも3時間ほど余裕見た方がいいかもしれない。あくまで私の悪い頭基準だが…。

 さて、ここまで嬉しい!楽しい!魅力的!と書いたアリス展だったが、ここでひとつ悲報が。実は私の行った横浜会場は11月17で終了しており、私の見た作品たちは今、次の会場である福岡市美術館(2019年12月3日~2020年1月19日)に向かっている。それ以降も、

◆静岡市美術館(2020年2月1日~3月29日)
◆名古屋市博物館(2020年4月18日~6月14日)
◆新潟市新津美術館(2020年6月27日~9月6日)

 とバンドのライブツアーのようにあなたの町の近くにやってくるので、興味のある方、アリスに思い入れのある方、リアル脱出ゲームファンの方、ぜひとも行ってみてください!

 とりあえず去った私は原作である『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』を読むことにしたいが本当に持っていないし、色んな出版社が出していてどこがいいのか悩むので、何かオススメの文庫版とかありましたら教えてください…。

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土井美加

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【あとがき】

“前衛過ぎて反応に困る作品まで…(特にサルヴァドール・ダリとか草間彌生とかヤン・シュヴァンクマイエルとか)”

 と感想に書きましたが、ダリと草間彌生はだいたいの人が分かると思いますが、「ヤン・シュヴァンクマイエル」この人を知ってる人どれぐらいいますか。

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 ヤン・シュヴァンクマイエルはチェコスロバキア・プラハ出身の芸術家・映像作家なんですが、こういう作風なんですよ。

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 一応言っておきますが、今回のアリス展で実物見た正真正銘のアリスを題材にした作品です。芋虫とキノコとアリスらしき少女の顔があるでしょ。それ以外は謎だけど。

 このヤン・シュヴァンクマイエルはシュルレアリスム(超現実主義)の歴史的巨匠でして、ダリや草間彌生と同様に結構な芸術眼を持っていないと理解に苦しむ代物でございます。現に今書いている自分も苦しんでいます…。

 そんな苦しむ人物のことを奇遇にもね、私知ってたんですよ。10年近く前、パソコンで最新映画予告を漁っていたら『サヴァイヴィング・ライフ ―夢は第二の人生―』というの見つけまして、あまりにシュールで奇妙でアートで何回か繰り返して見ていたんです(R18映画なので視聴は自己責任で)。



 仕事も家庭も楽しみのない男が夢の中に現れた美しい女性に恋をしたことで、この男の夢現を跨いだ奇妙な冒険が始まる内容なんですが、この監督がヤン・シュヴァンクマイエルだったわけです。

 接点のない写真と動画の切り貼りを撮影した本編映像に重ねることで実写とアニメの要素を掛け合わせた《ストップモーション》が観客に不可思議な体験を与える実験作でして、実際悪夢見たときの視界や感覚ってこれに近いと思います。少なくとも寝心地の悪い晩の私はこんな感じです。最近私が見た悪夢は女性になった自分の股間からグニュッと●●●が生えてきた夢でした。別に(※自主規制)にならなくたって年中生えてるというのに。いやいや主題ズレてもうた。

 何が言いたいのかといいますと、今回ので出展されたヤン・シュヴァンクマイエル監督が1988年に製作した映画『アリス』が、まさかAmazonプライムビデオで配信されてるの見つけたんですよ。そう、プライム会員なら見放題の分類で。

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 どうせ同じ月額払ってるなら見た方が断然お得ですし、正直どんな仕掛けで魅せてくるか気になりますし、レビュー欄でも高評価(しかも自分好みと分かる感想)、見る条件は完全に揃ってるのに二の足を踏んでしまうのです。

「何か精神的に堪える描写があったらどうしよ…」

 今回の記事だけでも●●●とか(※自主規制)とか好き勝手に書いといて実際はメンタル弱いマンです。受動と能動はコインの裏表と似ていて違うんです。自分で「無職」と言えても他人から「無職」とは言われたくないのです。

 これを「わがまま」と唱える他人は《パーソナルエリア(他人に近づかれると不快に感じる空間)》をご存じない?

 どんな言葉でも自分で発する以上は自分の範疇内だから、その言葉の真相のすべては知れてます。一方、外部しか見えてない他人からの言葉は同様に外部しか分かりません。その人は何を意図してそのように発したのか、ある程度の推測はできても真相は透明な闇の中です。

 これだからディスりは怖い!
 
 どう推測しても無責任と思うディスりは無責任に無視しましょう!!

 でも人事ではないな…。自分だってヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』を無責任にディスってるじゃないか。

 ここは一旦冷静になって、YouTubeで見つけた予告編の雰囲気で決めます。

 あっ、楽しそう…!(希望の光)
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  監督:ダニー・ストロング
キャスト:ニコラス・ホルト
ジャンル:ノンフィクション
 製作年:2017年
 製作国:アメリカ
上映時間:109分
  評価:★★★★★
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【感想的な雑文】

 こうして話を始めるとなると、君はまず最初に、今日どういう映画を観たいと思ってこの作品を選んだのか、その前に君がどういう趣味を持っていて今日に至ったのか、そんなつまらないことは僕には知らないし興味なんてない。だけど僕が映画館でチケットを買うために行列に並んでいる間、前の客たちが揃って『ボヘミアン・ラプソディー』をあげるのは我慢できないんだ。たしかにフレディ・マーキュリーは歴史に残る偉大な存在だよ。それは僕も認めるし、僕のウォークマンにも彼らのアルバムを入れている。ただ、まだ『ボヘミアン・ラプソディー』を観ていないだけで僕だけが疎外されている気にさせられるのは納得できないんだ。電車で2時間かかるIMAXのある映画館で上映が終わってしまったから観ていないだけなんだよね。それに今上映している歴史に残る人物を主人公にした映画はこれだけじゃない。今日僕が観に来たのは『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』という歌とは別の言葉の世界に囚われた男の映画だ。

 1951年の発表から世界中の若者たちの心を熱狂的に離さない青春小説『ライ麦畑でつかまえて』の作者であるJ・D・サリンジャーの生涯を追った映画なんだけど、予告を見た時から映画館で観ようと決めていたんだよね。それまで『ライ麦畑でつかまえて』読んだことないのに不思議とそういう気持ちにさせたんだ。やっぱり不思議だよね。だから古本屋で村上春樹翻訳の『ライ麦畑でつかまえて』を買って、この小説のすべてに初めて触れたんだ。

 小説の中で純粋で無垢な存在を愛し信じる17歳のホールデン・コールフィールドは、インチキな大人たちが作った社会の欺瞞に対して、読者に投げ語る形でアヒルのいない冬の池に一石を投じた。ここでいうアヒルに深い意味はないよ。ただ消えたアヒルたちが冬の間どこにいるのかホールデンが知りたがってただけ。もし誰かにホールデンってどんな奴か聞かれたらそう答えることにしてる。あいつはそういう奴なんだ。みんなが呆れるぐらいにね。でもね、そんな孤独なあいつだけど、紙の向こうでは友達がたくさんいるんだ。

「ホールデンは僕自身だ!」

 こんなふうにね。半世紀以上経った今でも世界中の若者に自発的に言わせているんだ。まったく参っちゃうよね。30歳を目の前にして多少のインチキを覚えた今の僕にはもう言えない台詞だけど、神聖な学問を通して塾と受験と社会の存在を忌み嫌っていた同じ17歳の頃を思い出すと、その台詞を言いたくて仕方なくなったよ。やっぱりホールデンは僕自身だと思うね。だからなのかな、残りのサリンジャーの小説も翌日に揃えてしまった。でも、これは必要経費だと思うよ。彼の作品に感動したんだから。それにしても何で、何でこんなにも僕の気持ちが分かるんだろう。この小説を生み出したサリンジャーの生涯を知りたくなったから余計に行列に並ぶ今が楽しみなんだ。映画が大嫌いなホールデンには申し訳ないけど、これが今の僕の本当の気持ちなんだ。本当の気持ちにはインチキになれないんだよね。

 食肉加工の貿易業で財を成したサリンジャー家の息子ジェローム・デイヴィット・サリンジャーは様々な学校を転々としていた中で、コロンビア大学の創作講座に参加したんだ。そのときの講師だったウィット・バーネット、ああ彼は文芸誌『ストーリー』の編集長でもあるんだけど、作家志望のサリンジャーはバーネットの授業に大きな影響を受けるんだ。そのおかげで短編の処女作『若者たち』が『ストーリー』に掲載されたんだ。その時の原稿料はわずか25ドル、今書いている現在の外為レートで言えば約2761円だね。端から見たら1日分のバイト代にもならない金額なんだけど、サリンジャーにとって人生を決めるには十分すぎる金額なんだよね。だって夢が叶ったんだもの。これがきっかけで、サリンジャーは他の文芸紙にも掲載されるようになるんだ。

 その中でも1941年の著名な文芸誌『ニューヨーカー』に短編小説『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』の掲載決定は無視できないね。だけど、太平洋戦争の開戦で掲載は無期延期になったんだ。小説の内容が戦時中にそぐわないからって。まったく惜しいことをしてしまったよ。何でかって、この小説がホールデンが初めて登場する話なんだ。作家の分身とも言えるホールデンがね。結果的に『ニューヨーカー』に掲載されたんだけど、それは終戦した5年後の1946年なんだ。その5年の間にサリンジャーも色々あったんだ。ノルマンディー上陸作戦で激戦地のユタ・ビーチに上陸することになるし、出兵中の戦地で友人が目の前で撃たれて死ぬし、当時付き合っていた彼女が超大御所俳優と電撃結婚したんだ。最悪すぎて参っちゃうよね。だけど、戦地でもメモ程度の執筆活動を続けたおかげで新聞特派員として訪れていたヘミングウェイと知り合って、当時の彼の新作短編『最後の休暇の最後の日』が認められるんだ。辛口批評で有名な彼からの高評価は大変名誉なことだよね。でもサリンジャー自身はヘミングウェイのバイタリティさには付いていけなかったんだ。それは後の『ライ麦畑でつかまえて』でもホールデンの台詞に出てくるからチェックしてみて。いつのまにか話が逸れてしまったね、ごめん。ヘミングウェイを差し引いても最悪な状況だったサリンジャーは終戦した時には神経衰弱になったんだ。その時診療所で知り合った女性医師と結婚したんだけど、彼女ドイツ人なんだよね。元敵国の女性と結婚だなんて参っちゃうよね。

 1945年の帰国後は『ライ麦畑でつかまえて』の原型となる短編『僕はちょっとおかしい』が雑誌『コリアーズ』に掲載されたんだ。その翌年に『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』が掲載されて、ホールデンという存在を高く評価したバーネットの勧めで前2作を元に初の長編小説『ライ麦畑でつかまえて』の執筆を開始するんだ。コネチカット州の片田舎に家を借りてね。あと、その時には女性医師と離婚してたんだけど、神経衰弱の後遺症を引きずっていたサリンジャーには他人のいない環境がちょうど良かったんだ。それでもライ麦畑の執筆には相当手こずったみたい。才能の限界とか戦地のトラウマとか色々と戦わなくちゃいけなかったからね。けど、それも公園で偶然知ったヨガを習ったことで精神統一に成功して、だいぶ執筆が進んだんだ。

 翌年の1950年、自身の短編小説『コネチカットのひょこひょこおじさん』の映画化『愚かなり我が心』が全米公開されたんだけど、これがまた近年稀にみる駄作だったんだよね。あまりの酷さにサリンジャーも激怒してしたんだ。当たり前だよね。それ以来、自作の映画化を許可しなくなったんだ。ホールデンが映画嫌いなのは、そういう経験があったからかもね。

 様々な経験を経て、翌年の1951年に『ライ麦畑でつかまえて』がやっと完成したんだ。当初は超大手の別社から出版する予定だったんだけど、上層部が気に入らなかったんだよね。「狂人を主人公にした作品は出版できない」だってさ。まったくふざけた話だよ。一瞬は路頭に迷ったわけだけど、話を聞きつけた中堅出版のリトル・ブラウン社から刊行されたんだ。世に出た後は保守的な文壇からは批判の嵐だったけど、それ以上に全米の若者たちから圧倒的な支持を得たんだ。社会現象とも言えるライ麦畑ブームは今でも続いていて、2007年に全世界売上部数6500万部突破、現在でも年間25万部が売れているんだ。僕らは文学史に残る偉業の真っ直中にいるんだね。本当に参っちゃうよ。

 一躍ベストセラー作家の仲間入りしたサリンジャーだけど、その栄光はあまりにも強すぎて、下に落ちた影は切れた電球のように暗かったんだ。元々感性が機敏なサリンジャーには見ず知らずの人たちが大量に集まってくる毎日に堪えれなかったんだ。ホールデンはサリンジャーの分身でもあるから、ホールデンの気持ちを考えたら君だって分かると思うよ。挙げ句には帰りの夜道にライ麦畑を持ったホールデンが目の前に現れるんだ。幻覚とかイマジナリーフレンドとかじゃないよ、ライ麦畑に感銘を受けた熱狂的ファンがホールデンの格好で現れただけなんだ。ファンの気持ちを考えたら君だって心当たりがあると思う。サリンジャー本人だと確認できたファンは話しかけるんだ。

「何であなたはこんなに僕の気持ちが分かるのですか? 僕はあなたと話がしたい」

 作家冥利に尽きる嬉しいコメントだけど、サリンジャー自身は素直に喜べなかったんだよね。相手がコスプレイヤーだとかストーカー気質だとかそういうの以前に他人を受け入れる余裕がもうなかったんだけなんだ。でもね、ファンはそういう事情を知らないから、お互いの気持ちが噛み合うことは微塵もない。

「君と話すことはない。それはフィクションだから……」

「何でそんなこと言うんですか。僕はあなたの小説に救われたんですよ。あんたもインチキなんじゃないか! 頼むから僕を離さないで……」

 どっちも間違ってない。どっちも間違ってないから余計に悲しんだ。サリンジャーだって本当は喜びたかった。救われた彼の気持ちを純粋に信じたかった。誰よりインチキを恨んでいたはずがインチキ呼ばわりされたからね。来る日も来る日も知らない来客と過激なファンの日夜パーティーでサリンジャーの精神的な病状は日に日に悪化したんだ。これは少し後の話なんだけど音楽家ジョン・レノンの射殺犯、アメリカ大統領ロナルド・レーガンの狙撃犯、女優レベッカ・シェイファーの射殺犯が『ライ麦畑でつかまえて』を愛読していたんだ。特にジョン・レノンを撃ったマーク・チャップマンは警察が来るまで歩道に座って読んで、法廷の途中に作中の一節を大声で読み上げるほどだったんだ。明らかに犯人が狂っているんだけど、以前から問題視されていた本書への風当たりはさらに強くなったんだ。ただインチキでない小説を書いただけなのに。サリンジャー自身だって、こんな事態なんか望んでいなかった。たとえ本人がどんなに望まなくても、結果そうなってしまうから、やっぱり悲しいことだね。でも、これは未来の話であって今はまだ何も起こっていないから話の時間を戻して、サリンジャーは最終的にニューハンプシャー州の森林奥にある川沿いの土地を購入して、自耕生活を始めるんだ。徹底的に社会と縁を切るためにね……。

 とりあえず僕の話はここでおしまい。もちろん瞬き少なめで最後まで観たから話そうと思えば話せるけど、ここから先はサリンジャーの内省的な日々が続くんだ。とてもじゃないけど、これは本人でしか語れないと思うよ。ただ出来事を少しだけ話すと再び結婚して、一男一女を儲けるんだ。一見幸せそうに聞こえるけど、ただでさえ森林の僻地で不安だらけの子育てをしなくちゃいけないから奥さんは精神が参るんだ。でもね、サリンジャーはどうしたら分からないんだ。同じ屋根の下にいるのに疎通が出来ないって悲しいよね。あとね、数少なく信じた人から最大の裏切りをされるんだ。こんなに逃げてもまだ殺そうとするから人間って本当に怖いよ。

 それからのサリンジャーは「グラース家シリーズ」の第1作『バナナフィッシュにうってつけの日』を収録した短編集『ナイン・ストーリーズ』を発表するんだ。ライ麦畑を読み終えて直ぐに読み始めた作品だからサリンジャーの口からバナナフィッシュの名が出た時は大興奮したよ。「バナナフィッシュ」ってどんな生き物か知ってる? 主人公のシーモア・グラースが作中で説明するんだ。

“「あのね、バナナがどっさり入ってる穴の中に入って泳ぐんだ。入るときにはごく普通の形をした魚なんだよ。ところが、いったん穴の中に入ると、豚みたいに行儀が悪くなる。ぼくの知ってるバナナフィッシュにはね、バナナ穴の中に入って、バナナを七十八本も平らげた奴がいるんだ」”

 何だか海中ステージで洞窟の中のバナナを取りに行くドンキーコングみたいだけど、至って真面目な話なんだ。じゃあバナナフィッシュはバナナをたくさん平らげた後はどうなるのか。

“「当然のことだが、そんなことをすると彼らは肥っちまって、二度と穴の外へは出られなくなる。戸口につかえて通れないからね」”

 何だか井伏鱒二の『山椒魚』みたいな失敗だけど、これって結構大事なことだと思うよ。猿が壷の中に入った木の実をたくさん採ろうとすると手が抜けなくなる話みたいに、先を考えないで贅沢しようとすると必ずしっぺ返しがくるんだ。まあ、『バナナフィッシュにうってつけの日』も『山椒魚』も穴につかえたこと自体はきっかけに過ぎないんだ。大事なのは失敗に対してどういう行動を起こすか。サリンジャーもまた失敗に対して何とか抗おうと動くんだ。この映画で一番の注目点はそこなんだ。

 正直に言って、サリンジャーにはもう手段がないんだ。いっそのこと死亡したほうが人として賢明じゃないかと判断しかねないほどにね。しかし、そうはしなかった。ここで彼は最終的な解答を出すんだ。煽てにも普遍的ではない、今の自分、これからの自分にとって必要な解答を出すんだ。それこそ歴史上に残るサリンジャー最大の謎の答えなんだ。今は何でもネットで情報が得られる時代だし、サリンジャーの半生を知りたかったらWikipediaでも見れば一発で知れる。けどね、そんな情報はハリボテの看板でしかないんだ。君だって本当は知っているはずだよ? 教科書に書かれている情報ほどつまらないものは世の中にないね。たとえば同じ世界史でもウィリアム・H・マクニールの『世界史(中公文庫)』は読んでいてすごくワクワクするんだ。書かれている情報は同じはずなのに、向こうは強い抑揚を感じる。それがストーリーの持つ偉大な力なんだ。

 これはサリンジャーという一人の男の生涯の物語であり、サリンジャー自身が人生をかけて証明した“ストーリー”の物語でもあるんだ。僕が予告に惹かれたのも彼のストーリーに触れたからかもね。そんな映画を見た日はきっと、その人にとって「サリンジャーに捧ぐのにうってつけの日」だよ。それはインチキじゃないから信じて。まだ信じられない? いやまったく、君にも一目見せたかったよ。

 どうやらまた喋りすぎたみたいだね。今度こそ僕の話はこれでおしまい。いったん喋りだすと止まらなくなるんだ。別に深い理由はなくて、ホールデンが嫌いな世界のサリンジャーの姿がやけに心に浸みた、というだけのことかもしれない。だから君も他人にやたら打ち明け話なんかしない方がいいぜ。そんなことをしたらたぶん君だって、誰彼かまわず懐かしく思い出しちゃったりするだろうからさ。


【参考・引用文献】

◆『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』パンフレット
◆『ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー(訳:村上春樹):白水Uブックス
◆『バナナフィッシュにうってつけの日(『ナイン・ストーリーズ』収録)』J・D・サリンジャー(訳:野崎孝):新潮文庫
◆Wikipedia


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ニコラス・ホルト

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【あとがき】

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 わざわざライ麦畑で使われた口語の文体を用いてまで長々と感想を書いたのに、実際の観終わった後はこれぐらい淡泊です。劇場を出た顔はポーカーフェイスですが心と脳は暴発寸前まで過熱化されてます。

 まあ語り合う相手がいないから知らない人の道を歩きながら先ほどみたいに喋り出す方が明らかにヤバいですが…苦笑

 むしろ時間を置くことで、今回観た映画の簡潔なあらすじ、見てほしい注目点、伝えたいメッセージが脳が冷めた状態で分析できて、今回のような記事を書けるんだと思います。これでも冷静なほうです。人生で一番好きな『ドラえもん』を思いつきで書かせたら広辞苑と六法全書を合わせて50倍にさせた文字量になると思います。それで生涯が終えるのなら本望です。ラブ・イズ・パワー・イン・永久機関です。これが私が普段ネットに感想を書かない理由です。とてもじゃないが扱いにくいでしょ。

 そんなこんなで、またもやお久しぶりです。

 1週間のお休みのはずが1ヶ月になりました。まるで気分は再び地上に降りた浦島太郎です。とはいえ、とはいえ、おかしいぞ。まったく実感がないぞ。自分の周りだけ時間軸がおかしいのじゃないか…?

 自分のこの1ヶ月の出来事を振り返ろう。

 まず1月の中旬頃に1泊2日の旅行に行ったんだ。それで紀行記を書こうと思った矢先にインフルエンザA型にかかって7回休み(地球では7日に当たる)になって、完治したから執筆に戻ろうとしたら紀行記の前に書きたいネタ(1回分)があって、それが5日かけてもスランプから抜け出せなくなって、気分転換に復習も兼ねたライ麦畑を再読して、それで映画を観に行ったんだ。それが先週の火曜のことで、映画があまりに感動したから今日まで感想を書いたんだ。うん、累計したら1ヶ月ぐらいになるな。良かった、自分は地球人だった。

 さて、これほどまでに書いたサリンジャーの記事ですが、自分のサリンジャー歴を告白したらまだ2ヶ月も経っていないレベルです。ランクで例えたら映画のキャッチコピーによくある「何かが起ころうとしていた」すらまだ起きていない勾玉の胎児クラスです。もしかしたら1年後の今日、寝返り程度に何かが変わっているかもしれませんが、今のところ元号と消費税が変わった未来しか見えません。みんなが一斉に受ける未来は未来ではありません。ただの決定事項です。決定事項にときめくほど人間は単純に作られていません。

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 個人的に思う未来とは、上の写真みたいに1年前まさかサリンジャー全作(右の縦2冊はパンフレット)を集めるとは思いもしなかった、そういう良くも悪くも予想しなかった事態に未来を感じます。志望の学校に入学した・志望の職種に就職した、こういうのはその人自身が物凄く頑張った結果の出来事なので未来に見せかけた予定です。努力したけど叶わなかったのも残念ですが予定です。何もしなくて叶わなかったのは因果応報です。何もしなくて叶う人は言語道断です。裏口合格ダメ。ゼッタイ。

 さてさて、今回出てきたサリンジャーの作品たちですが、その半分以上はつい最近まで読めませんでした。主に下記の作品は。

◆『若者たち』
◆『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』
◆『僕はちょっとおかしい』
◆『最後の休暇の最後の日』

 なぜなら雑誌に掲載されただけで、まだ書籍化されていないから。

 現在サリンジャー作品で公式に書籍化されているのは、

◆『ライ麦畑でつかまえて』
◆『ナイン・ストーリーズ
◆『フラニーとズーイ』
◆『大工よ、屋根の梁を高く上げよ / シーモア-序章-』

の、わずか4冊だけです。

 それ以外の未収録短編・中編は掲載された雑誌が権利を持っているのですが、掲載された雑誌が全てバラバラなので、新しく作品集を出すのは難しい状況下になっています。まさか短編1作だけで出版なんかできませんので、現時点では当時の雑誌を読むしか手段はありません。

 ただ英語圏以外の国では事情が違い、その所有する出版社から翻訳版の出版権を買い集めることで、日本でも大全集みたいな何種類かの形で出版されました。しかし、それも大昔に小規模出版したせいで世間に出回ることもなく、マニアックな古書店か規模の大きい図書館でないと見かけない代物になりました。

 そんな中、文庫版のサリンジャーを出版する新潮社が昨年の6月(約半年前)に、入手困難な短編9作を集成した作品集『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる / ハプワース16、1924年 (訳:金原端人)』を復刻出版しました(先ほどの写真で言うと左側の下にある本)。

 表題作である『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』を含めた6作、

◆『マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗』
◆『僕はちょっとおかしい』
◆『最後の休暇の最後の日』
◆『フランスにて』
『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』
◆『他人』

が、『ライ麦畑』のホールデン登場の連作(『最後の休暇の最後の日』以降は別のキャラクターの視点から20歳前後のホールデンが描かれている)。

 デビュー作も含めた短編2作、

◆『若者たち』
◆『ロイス・タゲットのロングデビュー』

 もうひとつの表題作、

◆『ハプワース16、1924年』

が、『バナナフィッシュにうってつけの日』の主人公シーモア・グラースが7歳の時に書いた手紙という形で綴られる中編小説(この作品を最後にサリンジャーは死ぬまで長い沈黙生活に入る)。このような構成となっており、書いた当時の彼の心境が作品を通して感じるので、過去全作読んだ人や映画見た人に本当にお勧めしたい本でございます。

 とりあえず書きたいことをすべて終えたら、私は今どこにいるのか分からなくなりました。どうやらここらへんが今日の終了のようです。晩年のサリンジャーのように沈黙に入ります。

 はて、次の更新はいつになるだろう。なるべく早く、略して「なる早」で目指します。
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  監督:ヨン・サンホ
キャスト:コン・ユ、マ・ドンソク
ジャンル:ゾンビ/スリラー
 製作年:2016年
 製作国:韓国
上映時間:118分
  評価:★★★★★
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【あらすじ】

 
ファンドマネージャーで仕事人間の主人公ソグは、妻と別居し、実母と娘スアンの3人で都会のマンションに暮らしていた。

 もうじき誕生日を迎える娘に、ソグは何が欲しいか尋ねると「プサンにいるお母さんに会いたい」と言う。仕事が忙しいと一度断ったソグだったが、娘との関係を直したい気持ちを考え、翌朝2人はソウル発・プサン行きのKTX101列車の3号車に乗り込んだ。

 KTXがソウル駅を出発するが、発車する直前、12号車にてひとりの女性が異様な様子で駆け込んできた。同時刻、発車直後に車窓を見たスアンは駅員が何者かに襲われる様子を目撃したが、他の乗客は誰も見ていなかった。

 一方、駆け込んできた女性は廊下で倒れ、介抱した女性乗務員に噛みついた。駆け込んできた女性はゾンビウィルスの感染者であった……。

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【感想的な雑文】

 普段あまり観ない(というか初めて)韓国映画から凄いゾンビ映画が現れたとのことで観賞。

 何と…これは…凄すぎないか!!?

 世界中にある過去ゾンビ映画の中でもトップファイブに入る完成度だし、心が揺さぶられる部門で言えばナンバーワンだと言いたい。

 まさかゾンビ映画でここまで号泣させられると思わなかった…。

 家族や友人や恋人、誰か大切な人のことを想像して観ると(某中年会社員を除いて)彼らの行動に共感する。

 特に妊婦の旦那がカッコよすぎる…!!

 どう人生歩んだらあんなにカッコよくなれるんだ!?

 将来自分に嫁と子供ができたら、あそこまで守ることできるか…(それ以前に旦那の筋力が桁違いなので最低限の筋トレはしておこう…)。

 また本作の舞台となるKTX(韓国の高速鉄道。分類的には新幹線ではないので邦題のダサさが際立つ)の車両を移動する際、各車両にいるゾンビたちを乗り越えないといけないのだが、これが車両特有の細長い部屋を上手く利用していて、横スクロールのゲーム画面をイメージさせる。だからなのか生きるか死ぬかの最中なのに大変ドキドキする。

 次々と襲いかかる障害にどう乗り越えるか、一般車両だから銃も刃物もないし(せいぜい野球部のバットぐらい)、乗客も一般人だから基本的に武器は扱えない。ゆえに登場人物たちの知恵と行動が目立つ。この悪条件を用意した製作側のセンスに相当のものを感じた素晴らしいっ!!!

 あと場面場面に出てくる無駄にエモいシーンは、この凄惨すぎる世界に残る数少ない優しさなのか、この監督とスタッフの愛情が感じた。本当カメラワークが美しすぎるんだよ…!!!

 ちなみに個人的に笑いのツボ的な意味でウケたのが、序盤に出てくるバイオ工場事故による防疫の車道検問での会話。

 トラック運転手「またブタを埋めるのか?」

   車道警備員「口蹄疫じゃなくて」

 トラック運転手「今度またブタ埋めたら ただじゃおかない」

 2010年に宮崎県で口蹄疫が流行った時、韓国でも「口蹄疫が流行っているのでは?」との疑いがあったが、韓国政府は「そんな事実はない」と回答した。

 ただ現地の地方新聞などで感染の可能性が確認されてるのでWHOなどが現地調査を申請したが政府は頑固突っぱねて、そして同時進行で感染したブタたちを殺処分していたが、ブタの数があまりに多すぎて薬殺用の薬が足りず、極秘に大量のブタを生き埋めした噂が世界中に広まった(CNNなどは証拠映像を公開したが、日本のマスコミは一切報道しなかった)。

 政府的には後にも先にも口蹄疫などない方向で進めたい中での、この“また”が付く会話である。

 なかなかアナーキーなことやってくれるじゃねえか!

 --などなど一度観ただけでは抱えきれない評価を踏まえて、もっとこの作品の存在を世間に広まってほしいと心から願いたい。

 日本では興行的にヒットしなくて、ほとんどの劇場は2週間足らずで終わったが、大きい原因の二つにダサすぎる邦題とあまり宣伝されなかったところがある。

 前者はともかく、後者はなぜ宣伝されなかったんだろう。

 ……口蹄疫かな?

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