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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

カテゴリ:四半生記+α > いくら水をやっても死んだ種から芽は出ない

 正式にACT塾に通うことになって、再び私は再び受付嬢から番号札を受け取って、塾長がその部屋まで案内してくれた。どうやら担当する先生は理科Ⅰ類3年の男子大生らしい。その先生のいる狭い個室のドアを塾長が開けて一緒に入り、その担当の先生の顔を一目見て私は思った。

「(この人は日本人だな)」と。

 前回の理論と同じで、直感で分かる日本人らしい顔だった。あと銀縁の細い眼鏡がいかにも理系らしくて好感が持てる。

「初めまして、渡辺綿飴と申します」

 今回は塾長よりも先に言いきった。

「初めまして。では授業を始めようか」

 ん…? いえいえ先生、お名前は? この塾は生徒に個人名を言ってはいけない決まりなのかな、理由は知らないけど。前回みたいにこっちから直接聞いた方が良いかもしれない。

「すみませんが…まだお名前聞いてないので教えてくれませんか?」

 あえて言うのだからこれから言う台詞を脳内で練習したいが、カバンの筆記具も机に出さないといけない。二つのことを同時にできないLD(学習障害)の私はまず筆記具を用意した。

 そのとき偶然にも先生が机に出していた束の資料の隙間に何故か先生の運転免許証が挟まっていることに気がついた。しかも先生からは死角の位置で本人はまだ気がついていない。

 そうか、この運転免許証で先生の名前を知ることができる(普通に聞けばいいものを)。私は束の資料の隣にシャーペン置く名目でするりと覗いた。

 そこには「木村根千」という街路樹みたいに木ばかりの字列が並んでいた。

 えっ…?

 あ、これなんて読むの…?

 もちろん下の名前である。あいにく運転免許証の氏名欄には振り仮名などない。

“ねせん…?”

“こん…せん?”

“ねち…こち…?”

 まったく分からない、どうしよう…。

 なら、これはどうだろう。最初から私は何も見ていなくて普通に名前を訊ねる。つまり最初から何もなかった、要するに当初のプランでやればいいのではないか。

 変に考えないで真正面から聞けばいいんだ。聞いても、いいんだよね…?

「それじゃあ今回から通うということで、体験の続きからプリント始めていい?」

「あ、え、はい、いいです、先生」

 先生…先生…「先生」

 呼びかたが決まってしまった瞬間だった。クラスメイトと同じで相手の呼びかたは第一声で決まってしまう。その通りで名前を聞く機会は結局なかった。

 この塾の個別授業も15回目を迎えた。そして私は心の中で憤怒の念が噴出していた。体験期間も含めて授業が中学1年の英語プリントしかやっていないのだ。基礎は大事である、それはバカな頭の私でも分かる。けれど中学1年の英語プリントが全て終わって、また最初に戻って同じプリントをやって、また最初に戻って同じプリントをやるのはどうかと思った。

 ここのプリントは市販の参考書をコピーしているから、せめて違う参考書も用意しても良いのに一向に参考書が変わることがない。

「違う参考書を1回ずつやるより、同じ参考書を2回以上やる方が効果的だよ」と前に読んだ勉強法の本にも書いてあったし、もっと分かりやすい『ドラゴン桜』にも似たような教訓が書いてあったから、そうだと言えばそうなのだが、ただ横にいてこの先生は解いたプリントを渡す度に参考書巻末の解答ページのコピーを取り出しては毎度解答を照らし合わせていた。

 もちろん添削する身としては寸分の狂いもないよう気をつけたいだろうが、いちいち問題文の番号と解答コピーの番号を人差し指でなぞっていく姿はとても現役T大生には見えなかった。ましてや中学1年の英語である、解答コピーがなくてもパッと見れば直ぐに分かるであろう。自分は正しいと思っても参考書が間違ってると判断したら自分も間違ってると答える性格なのかな。間違えた解答には赤のボールペンでバツを入れて、コピーに書かれている正しい解答を書き写していた(そして私は毎度隣でその一部始終を見ていた)。

 中身が分かったのは、プリントを答えている間の興味でふいに聞いた「教養学部ではどういう講義を受けるんですか?」について先生が「僕は工学部だよ」と答えたことだった。

 T大学の学部システムは大変特殊で、入試の際は志望学部で受験するが、合格したら学部関係なく全新入生は前期課程としてまず教養学部に2年間在学する。そして文理の垣根を超えた基礎的な教養知識を身につけた上で3年生となって初めて後期課程の志望学部の学生となる。つまり私は大学1,2年のとき、どういう講義があって、どういうことを学んだのか訊いたのだが、まさかの返答だったので私はシャーペンを置いた。

「…先生ってT大学の学生ですよね?」

「うん、そうだよ」

「だったら1年2年のとき教養学部ですよね? あっ! あれですか、もしかして3年次に編入したんですか?」

「う、うん、そう、そうなんだよ! 実は猛勉強してね、前の大学から移ったんだ」

「そうだったんですかー! 以前はどこの大学に?」

「T海大学」

 知ってる私立の大学だった。私の高校でも指定校推薦の受験リストとして載っている。

「ハハ、ちょうど1字違いですね。それにしてもスゴいですよ、T海大から3年次編入パスしたなんて」

「まあ相当勉強したけどね」

「いやスゴいですよ、T大の3年次編入試験って確か高専(高等専門学校)の卒業生しか受験できないのに合格するなんて。ましてや他大学に在籍する学生への受験なんて認められてないはずですが?」

 なぜ私がこのことを知っているのかというと、第1志望であるT工業大学の3年次編入試験が同じシステムだったからだ。T大・T工大だけではない、世間から高学歴と認められている国立大学はどこもそうなのだ。つまり他大生は国立大の大学院生になれても大学生にはなれないのだ、最初から始めない限りは。

「で、先生は今どこの大学に通ってるんですか?」

 先生はボールペン置いて絶句していた。

「今どこの大学ですか?」

「T…T海大学…」

 この返答に対し『私は激怒した』。

 最悪だ。この人は学歴詐称していた。プリントと違うストレスにやられそうになった。ただ、そうなると塾長はこのことを知っているのか。知っているわけ、ないはずがない。ここの講師は全員がこの塾の卒業生だ。ならば合否の結果など必ず塾長の耳に入るはず。そうすると、答えは一つしかない。

「想像ですが、塾長からT大生と名乗るよう言われてますよね?」

「…うん。それに僕、推薦受かるためのテスト対策でここ通ってたからセンター試験も受けたことないんだよねぇ」

「そして受かったと報告したら、これを紹介されたと」

「履歴書も面接もいらなかったから。つまり、まあ、そういうことです。ごめん」

 先生は謝っていたが、私は高校最後の夏休みを目前にしてACT塾を辞めることにした。事情を話したことで家族の承諾を得て受付に退会を報告した際、奥のデスクにいた塾長の阿久津さんからシンプルに「何で!?」としつこく訊かれたが、もうシンプルにあなたを信用していないのです。だから塾長、申し訳ないですが去らせてください。だからさ阿久津さん、手を引っ張らないで、シャツ引っ張らないで、ズボンも引っ張らないで。

 平然な顔で塾のある雑居ビルを後にしたが、内心では清水の舞台から飛び降りる覚悟で駅に向かっていた。よその塾のカレンダーに基づけば来週には夏期講習に入ると思われるが、これからどうしたものか。それでもACT塾を辞めたことに少しも悔いはなかった。

 ただ唯一の心残りをあげるとしたら……

 木村「根千」

 何て読むのだ。

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【あとがき】

 あとがき3日目。待たせたな最終日。

 まず前提に言わないといけないのが、昨日と同様に人物名は仮名で、塾で出会った出来事や感情は全てノンフィクションでお送りしています。

 ちなみに文中に出る先生の下の名前「根千」の読み方は「もとじ」です。自分が人生で出会った2番目に読めなかった名前(もちろん名字は架空)です。根千で「もとじ」、言われたら読めなくないけど、振り仮名なしで読むのは難しい…。

 当時塾に通ってる間、携帯に住むグーグル先生に頼んで先生の読み方(実際の名前)を調べてもらっても相当特殊なのかコレという読み方は出てきませんでした。

 キラキラネーム…というには奇をてらったような雰囲気はなく、それこそ萩尾望都(実は本名)みたいな誰もが知っている漢字かつ親が思いを持って名付けられたのだろうなと感じる名前でした。

 そして、この記事を書く上で11年越しに再びグーグル先生に頼んでみました。そしたら一つだけ読み方がヒットしました!!

 ありがとうグーグル先生!!!

 ありがとう最新情報窓口!!!

 長い時を経て、その明確化された読み方を目にして私は思った。

「自分が想像してたのと違う…!?」

 それどころかその漢字の読み方でない読み方でした。だったら読めなくて仕方ないよねぇ…(本名を知らない読者はどういう顔して読めばいいのだ)。

 とにかくこれで11年間に積み重なった呪縛の一つが消えました。まだ一つということはまだたくさんあります。もう自分の抱える呪縛でビンゴカード作って、一つ消すごとに穴開けて、タテ・ヨコ・ナナメ揃える毎に自分の欲しかったもの買っていい『おひとりさま呪縛ビンゴ大会』でもやろうかしら。

 ええな、そのアイディア。

 ちょっくら特許庁に行って商標登録出願してきます!(ピーーッ!!)……Suicaと財布の残金が足りなくて帰ってまいりました。

 何か行動を起こそうとすると何か困難にぶつかります。

「本当の人間の価値は、すべてがうまくいって満足しているときでなく、試練に立ち向かい、困難と闘っているときにわかる」――マーティン・ルーサー・キング牧師(1929年~1968年)

 職場でも問題が発生すると、その人たちの人間性が露呈しますよね。ああいう場面でブチ切れる人は雪山山荘の殺人で大ホール飛び出して3番目ぐらいに殺されて、サメ映画で1時間超えた辺りで浅瀬の死角から食われて、ゾンビ映画で主人公との最終決戦で蹴られて下にいる大群ゾンビの中に落ちるんだ。ああいう場面ほど因果応報が似合う場面はないと思います。たまにバッドエンドの映画に当たると画面前に「グアァァァ」と叫びます(『ミスト(2007年:アメリカ)』とか『ミスト(左に同じ)』とか『ミスト(左に同じ)』とか)。

 日常の鬱憤を晴らすために2時間投入して結末最悪だから気持ちも最悪。人生の不条理を描いた系の文学性がなかったら余計に悪質。たぶんここまで読んだ人たちはそういう感情になってると思います。

 1ヶ月以上待たされて長文3話の最後の最後がこういう内容ですからね、余計に悪質です。ということで更新頻度激落ちくんの私なりに考えたんすよ。

「過去編が更新できない日は普通に日常ブログを更新しよう」

 実は今まで過去編しか更新しなかったのには理由があり、過去編をさっさと書き終わらせたい気持ちがあります。当初は漠然とした過去の嫌な出来事を(絵が壊滅的なので)文章で出来るだけ吐き出して気持ちの整理をしたい(あわよくば慰められたい)。そして前提を知ってもらった上で、私もまっさらな気持ちで本格的にブログを始めたい。そういう壮大な計画でした。

 それがどうでしょう。今や記事1つ更新するのに1ヶ月以上かかっています。個人的にプロローグだと進めてたものが、このペースではいつ書き終えるか分かりません。このままでは庵野秀明(1960年~)の『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ放送開始が1995年、完結編の劇場公開が2020年予定)、もしくはゲーテ(1749年~1832年)の『ファウスト』(ゲーテが書き始めたのが20歳、書き終えたのが82歳。そして翌年死去)化しそうです。

 もちろん芸術性追求ゆえの遅筆なのですが、あまたの偉大な先人に大変申し訳ありませんが…生産性低っ!!!

 もう四字熟語に登録しても良いんじゃないですか『生産性低』。その脱却にも何かしらで毎日更新した方が読者と私、両者にとってメリットになると思うのです(当たり前だ)。

 本当は私だって日常で出会った出来事、日々の中で感じたこと、読んだ本や観た映画の紹介や感想、などなどもっとブログに対して期待値下げて自分の好きなものを書きたい。ただ、いつになったらくるのか分からないものに待つのは諦めました。

(※しばらくポエム調が続くので省略)

 似たようなことを先ほどのゲーテも言っていたので、明日から新しい月となる9月以降もよろしくお願い致します。

 ~~お知らせ~~

 そうだ終わる前に…もうお気づきでしょうが、以前に比べてタイトルの話数(数字)が減りました。これは記事が減ったのではなく、前編・後編に分かれた記事を同じ話数表記に整理したためです。なので今回のように3回連続更新しても全て34話になります。

 このようによそでは当たり前なことすら出来ていなかった当ブログを改めてよろしくお願い致します…!汗

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 次に向かった塾は高校3年の始業式後に訪れた学校の駅から歩いて5分ちょっとの雑居ビルにある独立の小さい個別指導塾だった。

 この個別指導塾『ACT塾』の特徴は先生全員が現役T大生なのに学費が大手予備校の約半分なところだ。T大学に合格したACT塾の卒業生を雇うことでこの低学費システムが成立すると塾長の阿久津さん(たぶん60代)が言うのだからそうなのだろう。

 まずは体験期間で週1回の授業5回分を受けることになった。

 体験初日。受付嬢(塾長の娘(たぶん30代))から番号札を受け取って、塾長がその部屋まで案内してくれた。どうやら担当する先生は理科Ⅱ類2年の女子大生らしい。その先生のいる狭い個室のドアを塾長が開けて一緒に入り、その担当の先生の顔を一目見て私は思った。

「(この人、中国人かな?)」と。

 いきなり何を言ってんだと思われるかもしれないが、よく日本人のトンチンカン発言でフランス人とドイツ人とイタリア人をヨーロッパ人という広い括りだけで考えて、見分けが分からない・違いが分からないというのがある。もちろんヨーロッパ圏に住む人たちからしたら見た目の説明以前に感覚で全然違うわけだが、その逆もまた然りで、同じアジア圏でも日本人と中国人と韓国人は見た目の説明以前の感覚で全然違う。

 そして私の感覚が違うと判断したのだ。けど別に勉強さえ教えてくれたらどこの国の留学生だって構わない。だけど顔を見て直ぐに抱いた違和感は何を根拠に思ったのか、本当に合っているのか、そして彼女が本当に中国人なのかどうか、ただシンプルに答えを知りたかった。

 ここでハーフまたはクォーター説が出てくるかもしれないが、そういうレベルではなく純粋な中国人だと脳内が仮説を出す余裕すら与えてくれないのだ。かといって「先生て中国人すか?」と聞くのはトンチンカンすぎるというか失礼の極みだと無意識に理解していた。何より違っていたら凄く気まずい。

 まあ、まず挨拶しないことには何も始まらない。

「あ、はじめま「この子が渡辺綿飴君だ」

 私の第一声は隣の塾長に追い抜かれた。

「ハじメまして。きミが渡辺君ネ。よロしくネ!」

 何かア〇ネス・チャンを彷彿させる少々独特なイントネーションを聞いて思った。

「(この人、中国人かな?)」と。

 どう考えても訛りの範疇ではない発音の歪みを私は感じた。気になる、とても気になる。

「うチの塾ニ来テくれテありがト。基礎から勉強シたいということデ、まず最初ニ中1英語かヤろうと思います。このプリント解いテみテ」

「は、はい、分かりました」

 何てこった、自己紹介がなかった。名前を聞けば少しは分かると思ったのになかった。一度気になると目の前のプリントに集中しにくくなる。

 たぶん市販されている問題集をコピー印刷したであろうプリントだけを私は意識して解いた。

「出来ました」

「じゃツぎはこのプリントネ」

「はい」

 プリントを解いている間、向こうは向こうで別の作業をしていた。何の作業しているのか分からないが、とりあえず様子を見ているのであろう視線は感じた。

「出来ました」

「じゃツぎはこのプリントネ」

「はい」

 提出した解答が間違ってなければ、この会話の繰り返しだった。あまり雑談とか得意ではないから自分から何か話しかけることができなかった。そして授業1回の90分が経った。

「ご苦ロウ様デシた。基本的ナ英文法は出来テるからモ少シ中学単語を覚エ直すト成績モとアップするト思うヨ」

「そうだと良いんですが…。では次回もよろしくお願いします」

「ハイ」

 授業3回目にして私は痺れを切らしたので授業が始まる前の短い準備時間にさりげなく聞くことにした。

「あのー…1回目から思ってたんですが、先生のお名前まだ聞いてないので教えてくれませんか?」

「エッ…ごめん! ソいえば教えテなかったネ。私の名前ハ“張美玲(ちょうみれい)”ト言いマす」

 丁寧にもこれからやるプリントの余白に書いてくれた。この今まで出会ったことない名前に対して私は思った。

「(この人、中国人かな?)」と。

 いや、“張”なんてどう考えても中国の名前ではないか。下だって一見和名だが要は読み方の問題だ。向こうの読み方での向こうの名前の可能性も捨てきれない。しかし、そうだと言い切れない例も私は知っていた。

 トヨタ自動車の張社長(2007年当時)は姓は張だが、先祖が江戸時代まで遡れる純粋な日本人である。この前めざましテレビで桐谷美玲って人が映っていたが、仮に芸名だとしても彼女の顔は典型的な日本人顔だから日本人であろう。だから安易に結論も出せない。

「へぇー! 周りから珍しい(?)名前だって言われません?」

「えっ? 別に言わレタことナいヨ?」

「あー…そうですか。いやぁ今まで会ったことない名前だったので珍しいなと思いまして」

「そお? 私の地元じゃヨくアるヨ」

「へー先生の地元て、どこですか?」

「渡辺君、アまり生徒に個人情報教えちゃイけナい決まりナんだけど…」

「あっ、すみません! 雑談し過ぎましたね。では授業お願いします」

 失敗した。

 せめて地元でも聞けば少しはノドの詰まりが消えると思ったが、もうその線はなくなった。

 まあ時間だって限られているし、もうそんなことは忘れて授業に集中しよう。でも最後に一つだけ聞きたい。

「これから先生のこと何て呼べばいいでしょうか?」

「……二人シかいナいんだかラ先生でイイでしょ?」

 ごもっともです、はい…。

「先生どうでしょう」

「渡辺君ここ間違っテマす」

 あっと言う間に最終日の授業5回目になって、英語のプリント解きながら何気なく私は聞いた。

「先生、たぶん体験期間が終わったらそのままここに通うと思うんですけど、そのときは先生で継続されるんですよね?」

「え、ソれはムり…」

「な、何でですか? 体験と通学では担当違うんですか?」

「ソおじゃナイんだケど…。私ネ、再来週ニ留学スるの」

「えっ先生留学するんですか!? また急ですね…!!」

「ううん半年前ニ決まテた」

「(体験授業とはいえ前から分かっていた講師を何故セッティングしたのかな?)そうですかー…留学先ってどこです? アメリカですか?」

「中国だヨ」

 右手に握っていたシャーペンの力が増した。

 もう…もぉう…何なの。それ本当に留学なのかな。中国の大学なんて北京大学か精華大学しか知らないけど、何を学びに行くの。中国の人文学科系在学ならまだ分かるが、先生理科Ⅱ類じゃないか。中国に何を学びに行くの(※失礼)。

 ただ日本人か中国人か2択の回答を知りたいだけなのに何でここまで苦しむのか…。

「へー中国なんてオレ行ったことないから、どういうキャンパスライフになるか想像がつきません!」

「いヤ普通ニ向こうノ大学ニ通うだケだヨ」

「あ、いやその現地の食事や文化に触れたりとか留学って何かカルチャーショックあるじゃないですか。中国だとどんなショックに出会うのかなー? って少し思ったんです」

「アー…知ラなイし、別ニ興味なイ…」

「そっ…すか」

 いつもの授業が微妙な空気で再開して、そして全5回の体験授業が終わった。せめて応援にと用意した見送りの挨拶を聞くことなく先生は塾を去った。

 1ヶ月後、私は張先生に会った。その日は母からの買い物依頼で下校途中にウチの学校の近くにあるテレビや雑誌で話題になっているケーキ屋に行った。お店の手動ドアを越えて、特に女性客が大行列で並んでいた。30分以上が経って私の番になり、家族が好きな種類のケーキ数個を頼んで待っていたら、お店の奥に併設された喫茶コーナーに目が入って、そして張先生がお友達らしき人たちと楽しく話しながらケーキを食べている姿を見つけた。向こうも気づいたのか視線が合って「(あっ…)」みたいな表情になって、ケーキの箱を受け取った私はお店を出た。それからは一度も会っていない。

(次回に続く)

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井上 純一
KADOKAWA
2015-01-31

【あとがき】

 あとがき2日目。まだ終わらず中編です。

 まず前提に言わないといけないのが、塾名も(芸能人を除く)人物名も仮名です。

 でも塾で出会った出来事や感情は全てノンフィクションでお送りしてます。

 何なら先生の名前なんて、もっと中国っぽい名前だったのでやっぱり中国人だったと改めて思います。

 同じアジア圏でも意外と直感で分かることありませんか。たとえ相手が整形でも、各国の整形のクセである程度分かる気がします。

 国によって美の基準が違うから、大人数が整形しても大人数が同じ一点に集まるわけなので、ある意味では十人十色を消す作業でもあります。

 それが『流行』の悪い部分であり、典型的な『依存』でもあり、『流行』という物体に対する『共依存』でもあります。自身の不快と思う部分を消すことは精神衛生的も大事なことですが、生まれもった個性まで消してしまっては元も子もありません。その人物を構築する容量が絶対100%を満たさないといけないとき、消した個性分をいち早く埋めるとしたらいち早く流行を集めた方が良いです。

 でも流行とはいい加減なもので、たとえ地球にいる70億人以上の知識を寄せ集めても流行の明確な終了点は予測できません。人間の感情など数値化できないからスーパーコンピューター側も本音お手上げだと思います。そうなると流行とは世間の思うビッグデータのさらに外側にいるダークマター(宇宙空間の約95%を構築する未確認物質)的な存在だと思います。別名「空気」とも言いますからね、そりゃ未確認だわ。

 あとファッションリーダーとかインフルエンサーとか呼ばれる人たちは最速でその流行に乗る人ではなく、最速でその流行を切り捨てる人だと思う。人間は両手以上に物を持てないから見込みのない物は躊躇わず捨てる、だからこそ次の物を直ぐに持つ。断捨離にも通じるその潔い姿に人々は「神」と崇める。宗教にも通じる行いの繰り返しが皮肉にも歴史の一部を構築しているのだ。

 な ん の は な し だ 。

 とりあえず張先生が日本人だろうが中国人だろうがテレビや雑誌で話題になって初めてそのケーキ屋に行く自分と同じ人種で、たぶん自分はファッションリーダーにはなれないんだろうな…と書きながら改めて思いました。

 ハァイ!!(ジャンポケ斉藤風)

 不時着陸という強制ピリオドつけたので次回へヒア・ウィー・ゴー!!

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 いい判定が出た。

 高校最後の春休み前の予備校の模試の結果の話である。

 それまで模試は幾度も受けてきたが、ここに来て一つの現実が押し迫ってきた。

 E判定が出た。

 言っておくが良い判定ではない、E判定である。塾業界にとってE判定の紙とは、社員と講師と受験生が最も気にする偏差値の平均値を大幅に下げるだけの、算出費と用紙費と印刷費と人件費が掛かっただけの、いわばメモ用紙にすら使えないクズ紙である。

 この結果に対し『担任は激怒した』。

「お前さ、T工大(T工業大学)行きたいんでしょ? だったら普通にマズいでしょ? 独学なんて不可能なんだから塾に行けよマジで」

 正直これには困った。何故なら当初の脳内プランでは今頃は偏差値60台に入っているはずだったからだ。でも現実はその半分の30台をさまよっていた。

 高校2年の3学期期末試験の結果も8教科10科目(全1000点)で計607点(平均60.7点)。入試必須科目内の最高点は数学Bの78点で、最低点は英語の42点、入試に必要ない科目とはいえ世界史は39点(まあ世界史は試験日に1時間半も寝坊して、試験開始30秒前に到着したからなのだが…)。最も意識して勉強した物理においては66点で、一般入試を受けるには足りなさすぎる結果だった。

 では何故こんなことになったかと聞かれると、単に私の頭が私の期待を裏切るぐらいポンコツだったとしか言えなかった。

 そもそも自分の頭に疑いを抱いていないのだから、これ以上説明する必要もないだろう(ちなみにこれは学習障害とは関係ないので悪しからず)。

 渋々だが私は春休みを利用して、どこか塾を探すことにした。

 大の人嫌いで重度のコミュ症で一度では解説を理解できない私の条件を基にして真っ先にリストから上がったのが映像授業専門の予備校『T進ハイスクール』である。

 ただ家や学校の近所、通学路にもT進ハイスクールがなかったため、わざわざ違う路線の6駅先まで乗って体験授業を受けることになった。これで学校から一番近い校舎のだから通うとなったら色々と大変になる。

 当時のT進ハイスクールは今みたいなオンライン方式ではなく、受付後ろの棚に膨大なDVDが保管されており、生徒は受けたい講義DVDを申請して、そのDVDをミニテレビとDVDプレイヤーが設置された仕切られた狭い机で再生して各自受講する方式だった。

 そして体験授業では講義1回分を無料で受講できる。家族との相談で、全5教科の中で最も壊滅的な「数学(できれば算数)」を選ぶことになったが、算数はおろか中学数学も無いということで「数学Ⅰー[数と式]基礎①」的なDVDを選ぶことにした。

 たしか1講義90分だったが1分足らずで「あ、これ嫌い…」と骨身で分かった。そこからの90分は人生でも有数の長さを味わった。

◆(a+b)^2=a^2+2ab+b^2
◆(a-b)^2=a^2-2ab+b^2
◆(a+b)(a-b)=a^2-b^2

※「^2」は2乗を表す

 そんな基本的な乗法公式など2年前に学校の授業で受けたし、自習で何回も勉強した。でも、その公式を全然暗記できていなかった。いやこれ自身は知っているし言われたら覚えている。けどイコールの後ろ答えろと言われてると突然には答えれなかったし片鱗すら出てこなかった。

 この環境も嫌いなのだが、この明らかに学んだことを「基礎だ」と何度も何度も同じことを繰り返されて、そして毎回覚えていないことに心底イラついていた。

 講義90分が終わって「自分には向いてないみたいです…」と精神ボロボロで受付に言い残して、帰りの電車の中で今日の悪夢を早く忘れたいと願った。

 おかげで講義の詳しい内容を片鱗も思い出せぬようになったので乗法公式も脳内から消えた。

(次回に続く)

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沖田 一希
ナガセ
2014-12-17
楽天ブックス

【あとがき】

 ~~お知らせ~~

 皆様いつもご閲覧頂き
 ありがとうございます。

 この度ご報告があります。

 実は本日ブログを更新しました!

 あゥ!!(顔面右フック)ちょっまっ待ってくださッッ(わき腹ローキック)すみま…マジですんまスゥン!!!(のど元ラリアット)……これ以上ふざけたら私のライフゲージが危うくなるので正装(※イメージ)でご挨拶をさせて頂きます。

 お久しぶりです。生きてます。

 いやいやそんな薄っぺらい二言よりも、ここで書くべきこと・報告・告知・恩恵・感謝・謝罪・贖罪・……・断罪・神罰・等々たくさんあるのですが…まず土下座しながら話さないといけないことは、この1ヶ月以上の空白期間何してたですが、日常のちまちましたことを除いたら、この記事を書いてました。

 んなアホな(笑)とお思いきや、この記事もう書き終えた続き物なんですけど本編の文字数が7812文字、あとがきだけでも4903文字あるんですよね。合計12715文字ですので、1回1000文字くらいの月イチ連載コラムなら約1年分です。なっげ!!!

 たぶんこれから書く情報と切り捨てる情報をまとめていないからこういうことになるんでしょうね…。

 あんまり楽しくない話が続くのも問題なので話題変えましょう。

 本編にて模試の話題が出ましたが、今まで受けた模試の中で一番印象的だった出来事をあげるとしたら、たしか高2の秋だったか学校で受けた記述式模試だと思います。

 その模試は在校生の希望者が希望科目だけ教室で受験するビッフェスタイルだったのですが、私のいる理系クラスの一般受験組はほぼ全員が英語+理系科目で参加した中で、私は何を思ったのか「せっかく最大6科目選べるのだから文系理系関係なく受けてみるべきでは?」と英語・数学(Ⅰ・A・Ⅱ・B全範囲)・国語・理科(物理・化学)・公民(現代社会がなかったので未履修の政治・経済)で申請しました。

 模試当日、英語・数学・理科まではみんなと一緒でしたが、それから私は国語・公民を受けるためにカバン持って別会場の図書室に移動することになりました。部屋に入るとまだ誰も来ていなくて、とりあえず適当な席に座って待っていたら他の受験生が来ることなく問題冊子を入れた封筒を抱える副校長先生が来ました(ちなみに副校長先生は科学部の元顧問(物理)で、文化祭など何度か話したことがあるので向こうも私を知ってる)。

「副校長先生!! 何故こちらに!?」

「いやぁ試験監督できる先生が今いなくてね、それでワシがやることになった。あと今回の受験は渡辺1人だけだから今その席ですぐ始めて良いぞ」

 今まで様々なぼっち体験をしてきたけど、ぼっち模試(正確には試験監督とマンツーマン)はなかなか無い体験だったと今でも思います。

 しかも大人数をまとめる必要がないので自分のタイミングで模試が受けられるという好環境に甘えたにもかかわらず結果は下の下のE判定で、各科目の偏差値が30台の水槽を泳ぐ中で唯一そのフタの隙間を抜け出したのが41の政治・経済だったから自分が分からない…。

 当日立ち会ったのだから、後日その結果を副校長先生にも報告することになりました。

「まあまあ数字なんて気にすんな。そういう挑む気持ちありゃ案外何とかなっから(笑)」

 と向こうは慰めてくれたのに現実何ともならなかったから余計に申し訳ない…。

 そして謝りに行くほどの罪悪感もまた中途半端にないから、あの日かけてくれた記憶の映像を改竄して、脳内ではあの日の自分を消して慰めてくれた副校長先生に土下座しながら「申し訳ありません!!!」と泣き叫んでいます。映画『インセプション(2010年:アメリカ、イギリス)』的な自己解決法です。

「後悔していることがあるんだ。変えなければならない記憶が」――コブ(『インセプション』レオナルド・ディカプリオ)

「現実と向き合うんだ」――マイルス(『インセプション』マイケル・ケイン)

 こんな風に1人で脳内茶番劇やってます。というかこのコブとマイルスの台詞、全然違うシーンだし何ならマイルスの方が先なんだよな…。

 やっぱり茶番劇でした。

 あれ…?

 これだけで普通に記事1つ出来たんじゃないの…?

 もういいや、編集し直すのも面倒になった。

 ほらね、やっぱりまとめてない。

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 散る桜が積る雪を解かす頃、2年間お世話になった先輩たちの卒業式ではなむけを贈ったわずか数日後、私らは春休みを利用した修学旅行へと飛んだ。

 よそは知らないがウチの学校では受験や就活で忙しくなる3年生直前、最後の長期休暇にグダグダ家にいるより遠い地で良い思い出残そうじゃないか! ということで修学旅行プランが組み込まれている(本当にそうなのかしらないが)。

 ついでに今年のプランは飛行機に乗って沖縄で4泊5日過ごす予定だ。以前から沖縄の青い空と海に凄く凄く憧れていた私にとって、利害(?)一致の最高な旅行となった。

 当日、集合場所の羽田空港ロビーで皆がボストンバックやトランクを使っている中、お古の林間サックで来てしまったことを除けば…。

 わずか2時間半のフライトで那覇空港に降り着いた飛行機の中は片窓から見える遠くで挟まれた綺麗な水平線に「こんな所まで来ちゃった」と大盛り上がりだった。空港を出た後は先生と生徒一同で沖縄名物ソーキソバを昼食に美味しく頂いて、前半2泊するホテルに向かって大型バスが走った。

 実はこの5日間に巡る観光予定地は地図上でも島の端から端までバラバラで、前半2泊+後半2泊と別のホテルで分けて“沖縄”を堪能する豪華プランとなっている。

 前半は、いわゆる定番の修学旅行で世界遺産の首里城で琉球の美しさを知って、ひめゆりの塔と平和祈念資料館で戦争の愚かさを学んだ。

“事なかれ主義”

 防空とは呼べない壕から発見されたボロボロにやられた学用品の展示物を見て、戦争と平和について考えなくてはいけないと、その責任を持つ年齢が今も近づいていると、大人になることの重大さが少しずつ襲ってきた。

 これを書いている大人の私から助言しよう。安心しろ、そう考えている今のお前の方が何十倍もしっかりしている。現に次の日、お前は憧れの沖縄の青い海でシュノーケリングしたときにはもう傷心を忘れているぞ。あと興奮しすぎて水中で過呼吸を起こしかけるぞ。今思うとよくもまあ溺れなかった…。

 良い思い出の上書きは次のホテルに持っていって修学旅行も後半に突入した。

 後半はレジャーがメインで、各グループが小船に乗って離れ小島に行き、自然豊かな島をサイクリングで散策したり、日本一有名な水族館『美ら海水族館』に出かけるプランになっていた。

 最高すぎる!

 移動バスの中で再確認した私は顔には出さないがニヤニヤしていた。だが、そう簡単にはいかなかった。

 一夜が明けて朝食が始まる直前、事件は起こった。参加した生徒の約3分の1以上がインフルエンザを発症した。旅先で急に集団感染が起こったのだ、信じられないが。ボヤくほどの元気がある私は言うまでもなく感染していなかった。

 とにかく感染者を除いて生徒は各部屋で待機となった。昼過ぎまでおよんだ先生たちの緊急審議の結果、離れ小島のサイクリングは中止にとなった。

 うぅ…私のアイランドが…(違う)。

 結局ホテルの一室で丸一日過ごすことになった。

 もったいねぇ…もったいねぇ…。

 地べたに敷いた布団の中で恨んだ。

 当初の予定では次の日は、午前から美ら海水族館に行くことになっている。ワイな、生のジンベイザメ見たいんや…。沖縄で関西弁を漏らす関東育ち、アイデンティティも危うくなった。いよいよヤバいので寝て落ち着こう。

 またも昼過ぎまで掛かった緊急審議の結果、未感染者でかつ希望者だけ美ら海水族館に行けることになった。

 もちろん即座に参加を志願した。

 ただ問題は現時点で午後2時を過ぎている所だ。

 ホテルから水族館までバスで約1時間、帰りも加えて往復約2時間。ただでさえ人気スポットな上に、明日には沖縄を発つから長居もできない。よって、おみやげコーナー込みで1時間で全館まわってこい!

 バス移動中での先生からのミッションはあまりに酷だった。

 さらにこの尋常ではない人混みのロスタイムも踏まえると、水槽見ないで進まない限りミッション・インポッシブルだった。

 午後3時の館内で足掻いた私はよその水槽を犠牲にしてジンベイザメのいる最後の巨大水槽に15分ほど居座ることにした。

 その代わり自前のデジカメで水宙を泳ぐ被写体たちをパシャパシャと大量に撮った。

 いつかジンベイザメと泳ぎたい、いつかスキューバダイビングをやりたい私にとってそれは大きい夢で目標だった(あれから10年以上経って未だに叶っていない、ダイビングどころか海にすら行っていない)。

 いい…すごくいい…もっと撮りたい!

 もっと近くでその姿を撮「もう終わりだ!!」

 先生からの最終通告により海中の夢は強制終了した。

 今日は過密スケジュールだから去るけど、絶対ここに帰ってくるから絶対待っててくれ(行けてない)。

 ジンベイザメがいる大水槽部屋を左側に抜けるとおみやげコーナーがあって、その次が水族館の出口だった。

 このコーナーでチンアナゴが好きな母に美ら海水族館限定チンアナゴぬいぐるみストラップを買った。それも含めて今回沖縄4泊5日のおみやげは国際通りで買ったシーサーの小さい置物とエイサー衣装を着た沖縄限定ドラえもんストラップと、お酒が大好きな父には気軽に飲める泡盛の小瓶(自宅に配送なら未成年でも買ってよいルールだった)という比較的お財布に優しい範囲内で収まった。

 思い出の水族館を後にして、宿泊するホテルまで続くサンセットビーチ沿いの長い道路を僕らのバスは淋しくも夕日色の希望を乗せて走って…なんて妄想をしてみたいが、この時期の那覇の夕暮れは結構早く、バスのヘッドライトがもう点いていた。

 あと横の海岸も東京でも見れる黒い曇天模様だったので見れば見るほど不安になった。

 ホテルに戻るとロビーにはウチの生徒と思われる若者はいなくて、自分が泊まっている部屋に戻ると、水族館に興味ない組の友人らがDSやPSPやウォークマンなどで各自グダグダ過ごしていた。不可抗力とはいえ沖縄に来た内の丸2日間、彼らは朝から晩までずっと室内で過ごしたことになる。

「思い出もへったくれもない」

 最後の布団に入りながら思った一言だった。

 昨日の曇が未だに空に居座っていて、那覇発・羽田着の自分たちを乗せた飛行機は膜を突き破る形で高く飛び立った。

 地上が曇天だったおかげで上空は雲海が限りなく広がっていた。後半は見れなかった青空も最後の最後に拝むことができた。

 2列シートの窓席から外を見つめる私に隣に座る杉下は

「さすがオレだな! さっき曇りでも最後の空の上は青空だ!」

 と言ったので、

「そうだねぇー、ただ雲の上に青空があるのは当たり前だけどねぇ」

 と私は普段のボケに普段のノリでツッコんだら、少し間が空いた。

「バッ…バッカじゃねぇの!? 当たり前だろ! そんなの当たり前だろ!!」

「そうだねぇー」

「……」

「……」

 すまん、本気だったのか…。

 きっかけ作りに窓外も見ながら私は言った。

「まー色々あったけど、沖縄楽しかったな」

「……」

 嘘でしょ、機嫌損ねた…?

 それから離陸中の会話は皆無だった。何でだろ、空気は十分あるのに苦しい…。

 上空も2時間ほど経てば雲の隙間から見える下の光景も見覚えのあるものたちが増えてきた。

 機内アナウンスが鳴った。

「皆様、まもなく着陸いたします」

 いよいよ東京かー…もう少し居たかったなぁ。

 そのとき機体がガクンと揺れた。

 えっえっ何々何なの!?

 窓外を見ると下にある羽田空港はバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨と遠くのビル群に幾度も衝突する落雷に見舞われていた。

 よりによって何故こんな目に…。私は尋常じゃないほど怖くて震えていた。

 実はつい先日TSUTAYAのレンタルで『ユナイテッド93』を観たばっかりだったから、この時期は特に墜落系に恐怖心を抱いていた。

『ユナイテッド93』……2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち、唯一目標に達さなかったユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の出来事を録音機(ブラックボックス)を基に忠実に再現したノンフィクション映画(Wikipediaより)。

「なあ杉下、この飛行機は大丈夫だよな?」

「……」

「いいかげんしろドアホッ!!」

 このコントみたいなやりとりは、滑走路の着陸完了アナウンスにより終わった。

 疲れた…もの凄く疲れた……。でも、あんな酷い環境下で問題なく着陸させた機長は本当に凄い。降りるとき搭乗ゲートで挨拶するCAさんに機長さんへ感謝の言葉を伝えてもらおう。

 荷物を持ってCAさんの前を通るとき、

「グッジョブでした! と機長さんに伝えてください」

 と微笑みの雰囲気で言うつもりが、本番に大変弱いLDは脳内で何度も繰り返して、

「あっ…グッドラックd(あっ違うバカバカバカ!!!)」

 と、グッド繋がりで言い間違えてしまった…。

 私の後ろにいた別の友人から

「お前なにCAさんに口説いてんだよ…マジで引くから」

 と結構な真顔で言われた。

「うーん、旅のノリって怖いな!」

 とお茶を濁したが荷物を受け取るベルトコンベアーで一部始終の傷跡が襲ってきて本当に恥ずかしくなった。第24話のポルノ発言してしまった事件に匹敵するほどの人生の黒歴史だと思う(そして暴露したからこれらの罪を昇華してほしい)。

 きっとキムタクのあのドラマが脳裏によぎったんだな…まったく見てないけど。

 もし、あのとき立ち会ったCAさん、今読んでいましたら、そういう訳です。本当にご迷惑かけました…。

 荷物を受け取ったあとは旅前に約束した帰る方向が同じの杉下ら友人数人で最寄り駅に行く大型バスに乗った。

 CAさんの一件を見た友人は別方向なのでバス中での会話は何もなかったが、飛行機以上に春休み明けが怖くなった…。

 駅で各自お別れして、まっすぐ家路に向かい、玄関を開けて直ぐに自分の布団にくるまった。頼む、悪い夢であってくれぇ!!……となると沖縄旅行全部が嘘になるから、林間サックとインフルエンザと豪雨とCAさんが嘘であるという良い感じに調整してほしい、と思う一方で笑うデメリットあっての思い出に残る旅行の醍醐味ではないのか…? と布団の中で悶々と悩んだ。

 長旅の疲れが溜まっていたのか晩ご飯も次の日の昼までグーグーと寝た。

 2日後、修学旅行での出来事をブログに書いた。アクセス数は3だった。その内の1は横バーの管理ページ向かう途中のウチのパソコンだった。次の日のアクセス数は1だった。その内の1は横バーの管理ページ向かう途中のウチのパソコンだった。

 2年生が終了した。

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【あとがき】

『修学旅行』

 ウチの高校の修学旅行は何かと“曰く”が付いてしまうらしい。

 私が入学する少し前のこと、少し景気が良かったウチの高校はわざわざ海外へ修学旅行に行っていた。その年は韓国に出掛ける予定だったのだが、2001年のアメリカ同時多発テロの影響で海外への修学旅行は中止になった。

 しかも事件発生から日本で1番最初に海外に行く学校がウチの高校だったので、これからの修学旅行の行方について連日報道陣が押し掛けて大変だったとのこと…。

 ちなみに私は今日に至るまで、修学旅行の定番“京都”に行ったことがありません。

 小学校が日光、中学校が青森、その他部活の合宿は鉱物取れる近場の山地、さらに言えば父の出身が京都なのだが、京都の土どころか京都駅のホームすら踏んだことがない(正しく言うと赤ん坊の頃に帰省したらしいけど、もちろんだが記憶にない)。

 なので、いつかは京都に行ってみたい。

 大人になると不思議なもので、あんなに退屈で興味なかったお寺や仏像に関心が湧くようになる傾向がある。逆に子供のとき、あんなに行きたかった遊園地が今はツラい。ジェットコースターとか激しいの乗ると体内の何かが逆流しそうだ(これは私自身の問題だろうが…)。

 そういえば、どこかのツアー会社のプランに「大人の修学旅行」というのがあるらしいね。

 大人の修学旅行、ぜひ行ってみたい。

 京都のお寺巡り、良いじゃないか!

 京都の仏像巡り、良いじゃないか!

 京都の美食巡り、良いじゃないか!

 深夜にまくら投げ…したらやはりダメでしょうか?

 一緒に行く友達いないから、きっと私一人で行くことになる。そうなるとその日偶然一緒になったおっさんにまくら投げることになるのか…。

 あっダメだ!

 絶対やっちゃダメだわ!!汗

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 にぎやかだった文化祭の後片づけを終えて、今年も良い手応えがあったとしみじみ実感していた。

 もう文化祭は去年に経験済みだから、開催中に起こりうるトラブルを想定して自ずと先回りする形で回避した。と書けばカッコいいが正しくはそうではない。

 第31話に出てきた展開とほとんど同じなのだ。そういう意味では去年のマニュアル使えばいいからハプニングに弱いLDには非常に助かる。強いて違う所を言うなら、

◆夏の合宿で集めてきた砂金大量投入
(顧問部員総動員で灼熱の川に数時間捜索はキツかった)

◆アニメに強い部員による原画展示スペース
(正確には非営利目的で印刷した非営利レプリカ展示)

◆去年のスライム製作が今年は人工イクラ製作
(バイオテクノロジーみたいな言い方だが実際は着色したアルギン酸ナトリウムをスポイトで塩化カルシウム水溶液の中に垂らすと化学反応でイクラっぽく固まる超王道実験)

 ついでに人工イクラの作り方は……

『用意するもの』
◆空のペットボトル 500ml
◆スポイト
◆ビーカー
◆食紅(絵の具でもOK)
◆塩化カルシウム(薬局で手に入る)
◆アルギン酸ナトリウム(薬局で手に入る)

 この中から、

①.ペットボトルに水を半分入れ、アルギン酸ナトリウムを小さじ1~2杯加えて溶かす(3~4%アルギン酸ナトリウム水溶液が理想)。溶けにくいのでよく振って、洗剤のり程度の粘性あればOK。

②.①の溶液に食紅を加えて色をつける(絵の具でも構わないので好きな色で遊ぼう)。

③.塩化カルシウム10%の水溶液を作る。多少大雑把でも構わないが濃度が低いと固まらない。

④.スポイトで色つけたアルギン酸ナトリウム水溶液を塩化カルシウム水溶液の中に1滴ずつ垂らす。

⑤.イクラっぽい球状になったら実験成功!

※補足すると……天然イクラも人工イクラも、油球(中にある目玉っぽい黄身にあたる液体)、ゾル(中にあるそれ以外の白身にあたる液体)、ゲル(油とゾルを包む殻にあたる膜)の3重構造になっている。ゲルの作り方は上で学んだので、その中に天然イクラの液体を入れたら事実上の天然イクラとなる。ただし天然イクラはお湯に入れると表面が白濁する。わざわざ確認するには少々高いしもったいないので、お寿司屋でイクラ頼んだときに1~2粒お吸い物の中に入れてみるのがオススメだ。もし濁らなかったら月夜の晩に大将に狙われないことを祈る。なお、この補足は読んでも読まなくても本編に影響はない。

 要約すると「科学部の催し物は成功した」(きれいな一言だろ。ウソみたいだろ。要約したんだぜ。自分で書いといて…)。

 それが理由の1つと、別にもう1つあった。去年に比べて+αな環境に身を置いていたからだ。実は部活の掛け持ちで高2の前半から私は写真部に入部していた。科学部に比べると活動日は少なく、偶然にも日が被ることも少なかった。

 それに卒業した旧高3の先輩の中に写真部部長で掛け持ちしていた人がいたから顧問も部活仲間も承知の範囲内だった。

 ちなみに今回の入部には親友の杉下と同時に入った。その経緯は大変単純で、二人で昼休みに廊下を歩いていたときに英語の選択科目で教えてもらっている写真部の顧問からスカウトされた。スカウトといっても5人以上の部員集めで才能を見出されたとかでは一切ない。けど書道より写真に興味ある自分は「ほなやってみましょか」な軽いノリでその日の晩に家族の承諾もらって入部した。隣の杉下も帰宅部以外は似たような経緯である。

 ちなみに秋の文化祭は美術部・書道部・写真部の3つが毎年合同で展覧会を開催して各部員は番号付いた作品を出展する。

 観覧にきたお客は受付でアンケート紙を渡されて、作品を見ながら自分が良いと思った作品を各部門3つずつ選んで帰りに受付の箱に投票する。ポイントが高かった各部門の上位3名が次回の朝礼で賞状が貰える仕組みだ。

 この年は地元の水族館で展示されていた3方向の照明で赤く透けたミズクラゲの写真と、近所の公園で自分の自転車と土手と池と雲の小津安二郎を彷彿させるシンメトリカル構図によるロー・ポジションからの正面アングル写真(解説:今考えた)と、エトセトラ(別名:もう忘れた)数枚で出展した。

 結果から言うとミズクラゲで金賞を受賞した(勉強と運動以外なら割と早くエリートになれる)。そしてミズクラゲは次の展覧会まで図書室前の廊下に1年間展示された。ただ、褒められる環境に反して内心は複雑だった。実はこの1枚だけは入部に勢い込んで買ったデジカメ(800万画素)のではなく、水族館一通り撮り終わったついでに撮った携帯電話のカメラ(195万画素)のだった。

 みんなが本気のカメラで本気で挑戦していて、自分もまた本気で挑んでいたのに面目が立たない…。

 隣の銀賞と銅賞が一段とカッコ良く見えた。

     〇

 校庭の落葉が落陽の光彩に染まる頃、理系志望なのに期末試験の数学Bで赤点ギリギリを取ってしまった。

 この3ヶ月間で算数ドリル(小2)から何とか数学白チャートⅡB(高2)まで少々駆け足で追いついてきたものの、数列の公式がややこしくて覚えれなかった(告白すると未だに探り探りで式書いては覚え直している)。でも内心点加算で追試と補習は免れた。

     〇

 秋の深まりが雪の深まりに変わる頃、母が持病悪化による腫瘍の切除手術と入院の関係で10日間ほど家を空けることになった。もう冬休みに入った手術当日の夕方には父と一緒に談話室みたいな所で無事に終了したと執刀医から報告を受けた。ついでに「切除した部位見ますか?」と訊ねられたが父子で「見たくない」と断った。さすがに気持ち悪いし。

「うーん、そうですか…」

 執刀医は少し残念そうにその場を去った。

 だけど、その後ろに回した手に持っているドロッとした赤黒い固形物の入った保存袋を残念にも私は見逃さなかった。

「うーん、絶対あれだな…」

 幸いにも今日に至るまでレバーを普通に食べられるので精神被害は(たぶん)無いと思いたい。

 少々刺激的な始まりを迎えた後の冬休みは日中家にいる私が代わりに料理以外の家事しつつ勉強して読書していた。特にその時に読んだ

◆ボッコちゃん(星新一:新潮文庫)
◆江戸川乱歩傑作選(江戸川乱歩:新潮文庫)
◆キノの旅(時雨沢恵一:電撃文庫)

に味わったことのない衝撃を受けた。白地に黒の文字だけで描かれいるその世界は、容易に想像させといて、容易に騙して、容易に想像を裏切る。

 本当に面白かった。この経験のおかげなのか、国語は理科や数学に負けない面白い仕組みを持つ教科なんだと17歳になって、やっと理解できた。

 そして、その興奮を押さえられぬまま私は以前からやりたいと考えていた「大学受験ブログ」を学習障害を伏せて開設した。その理由もまた単純で、10年前は今ほど発達障害について、世間的に知れ渡っていなかったし、何より知的障害者に受験は無理だと言われたくなかった。

“普通の高校生が国立大を目指すブログ”

 そんなシンプルなあらすじでよかった。コメントは来ない、アクセス数も少ない、誰に気にしないで好き勝手に楽しく書いた(ちなみにそのブログ自体はライブドアブログと違うサービスで書いており、数年前にサービス終了でサイトは現存していないが書いた全記事はバックアップしてカテゴリー『古日記』として残している)。

 新年を迎える4日前に母が退院して、無事に家族4人揃って年末年始を過ごせた。


(次回に続く)

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数研出版

【あとがき】

 本編の各こぼれ話。

『文化祭』

 ウチの学校にある釣り部は毎年文化祭に金魚すくいならぬ金魚釣りを催しており、この年に自分は小さい金魚を一匹釣りました。

 その後、我が家に迎え入れた金魚は第17話にも登場するあの水槽で飼われ、5年以上を過ごした結果、5センチ未満だった子が20センチ以上にまで成長しました。

 もうそこまで成長しちゃうと家族の認識も「鯉」として育てました。

 でもさ、見た目は赤金魚なんだよねぇ…。


『お見舞い』

 手術したおかげで母は今も元気に過ごしています。

 当時入院していた病院が家から徒歩で行ける所だったので、現状報告も兼ねて父と一緒に毎日通っていました。

 そして家事全般を任されていたのだが、ある日、洗濯するのを忘れてた事を出かける直前になって思い出しました。

 うーわー…何て言ったものかなぁ…。

 母のいる病室に着いて、

「何か変わったことはない?」

 と聞かれたので、

「(ええっと…)何もないよ」

 と返したら、

「洗濯物はちゃんと干した?」

 私は慌てて、

「あー…まだ干してない」

 と言うと、

「えっ、じゃあまだ洗濯機の中!? どうしよ…絶対臭くなってるよ。やり方分かる? 洗濯機の水を一旦抜いて、それで……」

 もう自白した。

「あぁ…いいです。実はまだ洗濯してないんだ…」

「してない? じゃあ何であんなこと言ったの?」

「み、見栄かと…」

 切除手術を終えて間もない母はベッドの上でめちゃくちゃ笑いました。隣のベッドまで聞こえるぐらい笑いました。切った傷口が開きかけるぐらい笑いました。

 次の日、いつもの通り見舞いに行くと昨日の話が病室内で大ウケしたらしい。

 だからなのか。この病室で過ごす患者さんたちがいつも以上にフレンドリーで優しかった。

 この失敗のおかげで誰かが笑顔になるん「だったら良いかー」と勝手に美談で終わらせました。

 家帰って直ぐに洗濯したけど、もう汚れが固まっちゃったものもあって困ったけど、それが自分の部屋着で「だったら良いかー」とそのまま着続けることにしました。

 まさか29歳になっても着続けるとは思いませんでした…。


『ブログ』

 当時のHNは「渡辺綿飴」ではなく「機械職人」という前名義で書いていました。

 由来は将来「機械の研究をする技術者(職人)」になりたいと願掛け8割を込めて名乗りました。

 では、なぜ改名したのか?

 この経緯もいずれ記事として書く予定です。

 また今回および今まで当ブログに出てきた(自称)独特な文章表現の基礎は上の小説家3名と、その後に出会う

◆三谷幸喜
◆宮藤官九郎
◆福田雄一

◆中島みゆき
◆椎名林檎
◆サカナクション

などの脚本家と音楽家の影響から構成されてます(自称)。

Q.じゃあ、いつになったらその師匠たちと肩並べるようになるんですか?

A.あと500年ぐらい続ければ足元までたどり着けると思います。その前に死んじゃう? それで良いんです。死のうが生きようがいずれ成功すると思ったほうが生きやすいんだからさ…。
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 突然だが、生まれて初めて一目惚れを経験した。

 その素朴な姿形から漂う品性まで私の奥底に抱える感性すべてを飽きなく心地よく刺激してくれた。少しでも隣にいられたら、その影が私の影になれたら、あわよくば正式に人生のパートナーになれたら、一瞬にして一分一秒毎にそう思って仕方なかった。

 まさに一目惚れである。

 といっても、人間の考えるこのベクトルの先が必ずしも同じ人間だとは限らない。

 私の先は人間でも動物でも絵画でもない。夏休みのオープンキャンパスで訪れた大学である(そもそも簡単に惚れるほど人間好きじゃない)。

 このとき私が訪れたのは国公立の大学『T工業大学』である。

 中学時代のラジオ工作から機械工学の勉強そして研究を夢見る私には、そこは某ネズミの遊園地よりも夢の遊園地だった。実は数日前にT大学の日本一有名な赤門もくぐったが、直感で私にはここの方が肌が合うことが分かった。

 T工業大学は東京都内にある全国最高峰の理系単科型大学で、研究規模も世界どころか成層圏すら越える。

 私も成層圏を越えたかった。面接試験はないものの、志望動機がこれでは「さすがに…」なので架空の尻尾を振りながら学校説明会を丁寧に噛みしめて聴いた。

 そうだ、ここに骨を埋めよう。そしてキャンパスの広場に咲く桜の花びらの養分になろう。梶井基次郎に迷惑かけるほどの変態になりかけた(すみません嘘です今思いついて書きました)。

 その日に貰った大学案内は狭い机の本棚を少し誇らしくしてくれた。抽象的よりも具体的な目標があると今やってる勉強の意味も納得しやすい。この勉強は受験のためにするのではなく、もっとその先にある研究に繋がっていて、受験なんてその通過点にすぎない。元はと言えば受験勉強が嫌いだった。学校および今の教育制度は生徒に勉強させるが、その理由が模範的な大人になるための教養とかではなく、ただただノルマとなる受験を事なかれにパスされるように勉強させる。そして生徒側も、その根本的な異様さに疑いを感じない。

「とりあえず大学にいく」

 三平方の定理を発見したときのピタゴラスの情熱と感動が分からないのか。君が外国語を覚える理由はなんだ。その国の文化に触れたくないのか。ただ単純に不思議だった。

 もちろん試験を行う意味は分かっているし、「とりあえず」が付く理由も分かっている。

 でもそれは高卒と大卒の格差を露骨にさせた会社が、若手を育てない・生活の面倒をみない社会が、こういう差を生んでいると当時から思っていた。科学者にしろデザイナーにしろ漫画家にしろアスリートにしろ役者にしろアニメーターにしろ幾度も世界に羽ばたけるチャンスを折っては潰してきた日本は、やはりガラパゴス国家だった。

 昔から「出る杭は打たれる」があるように昔から日本には飛び級を認めない傾向がある。そういう思想がゆとり教育を生んだ。特技や才能があるのは恥ずかしいことではない。それにさっきの言葉には続きがある。

「出る杭は打たれるが出すぎた杭は打たれない」

 まだ中2についた寝癖を直さないまま夢を持った未成年は「打たれるかコノヤロ」と曖昧だった数学基礎を固めるため、まずは小2算数のドリルを解いていた。基礎は大事だよね、うん。

 それに、「人が想像できることは、人が必ず実現できる。」――ジュール・ヴェルヌ(1828年~1905年)

 あの大学の研究室で作業している姿を鮮明に想像できる自分は実現できる。想像している今の自分は、きっと強い。

「お前…マジでやめとけ」

 夏休み登校日の二者面談で早くも打たれた。

 たしかに夏休み前の進路希望調査で『理系』とだけチェック入れといて具体的な大学名を書かなかった私が悪かった。でも会ってしまった以上はロマンティックが止まらないの、担任よ。

「どこか予備校には行ってんの? 夏期講習は?」

 このとき私は目の前で明らかに嫌な顔をした。

 先ほどダラダラと書いた価値観から察する通り私は同じ勉強でも受験勉強が大嫌いだった。ならば自ずと予備校への嫌悪感は凄まじかった。ああいう所があるから、この社会は歪んでいるのだ。害悪と闘う私は絶対行かないと決めていた。

 あまりのドヤ顔にドン引きした担任は「高2の間だけだぞ」と猶予期間を言い渡して私の面談が終わった。

「見返してやるぞぉ~♪」

 今から見ても脳内ハッピーだった。そしてハッピーだった私は路熱も落ちつく処暑(23日)辺りから基礎より重要な夏休みの課題摘みに追われていた。改めて課題の楽しなさを痛感した。命令された仕事ほどつまらないものはない…。

 結局は血と汗と涙(と半分ヤケ)で何とか2学期初日に納品できた。

 後はいつもの生活に戻るだけだったが、ずっと1点の違和感を感じていた。

 1年から親友だった仲代がずっと学校に来てなかった。親しき仲すぎて電話を躊躇した私は何度かメールを試みたが返事は来なかった。

 1ヶ月後、担任の口から仲代の退学を聞いた。

 率直に驚いたし、動揺も隠せなかった。

 アイツ何があったんだよ…。

 アイツの口からそうなった訳を聞きたいが、もしも今のアイツが過去の自分のようになっていたとしたら、少なからず自分が送ったメールはその数だけ追いつめた可能性がある。

 それだけでない。もしその原因が自分で、今までの関わりが実際は苦しめてたのではないか…?

 わずかそれだけで、ありきたりな慰めすらかけれなくなって、楽しかった関係は呆気なく自然消滅した。

 机が1つ空いた教室にも2度目の文化祭の季節がやってきた。

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東大家庭教師友の会
PHP研究所
2015-08-22

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【あとがき】

 初盤の書き出し文でテキトーな指標を立てといて、中盤の本文で具体的な目標から外れていって、終盤のあとがきであえてその事にツッコむ。

 まさにセルフ三つ巴。

 思いつきで書いてみたものの着地点が分からなくなってしまった。

 どうでしょう、何のスキルも成長していない…!!

 どうすれば、どうすれば、大好きな福田雄一さんみたいなハイセンスなシナリオが書けるんだ…。

 人生10本の指に入る好きなドラマのうち4本が『勇者ヨシヒコ』『アオイホノオ』『新解釈日本史』『スーパーサラリーマン佐江内氏』なぐらい大大大大ファンだし、映画やドラマや舞台の新作が発表される度にスマホ前で脳と体が狂喜ランデブー状態だし、どう工夫したところで趣味の範囲内だとしても憧れの作家に近づきたくなるのが人間の悪い癖だ。

 そんな頭が悪そうな文章をここで終えるとする。

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 国語辞典を開くと“空”を使った単語の多さに気づく。私たちが普段使っているものから私たちでさえ知らないものまで。

 雨空、夏空、空気、空晶、空翠……そこには日本人の美学と道徳すら感じる。

 では今、この窓から見えている空は私たちの知る言葉の中で何と表せばいいのだろう…。

 授業中に私の携帯が鳴ってしまった日の空は黒板の波線よりも青かった。

 ここまでなら良くある学生の失敗談だが、私の場合はもう一つヒネクレていた。

 当時の私の着信音は初期設定や流行曲ではなく、映画『着信アリ』のあの着信音だった。言わずもがな『ジャパニーズ・ホラー・サウンド』として名高いあの着信音である。クラスに1人は設定していたであろうあの着信音である。2年生に進級して新しくなったこのクラスの場合、その1人が私である。

 それにしてもあの映画の影響力は本当に凄い。もしこれが普通の着信音だったら

「おいおい誰だよ、まったく~~」

な感じで笑って叱って丸く収まるけれど、今回ばかりは音が響く教室のみんなが

「(ざわ…ざわざわ……ざわざわ……)」

と誰もツッコまなければ言葉すら発しない。まさに映画さながらの臨場感であった。人が恐怖に立たされたときの表情を私は見た。だがよくよく考えるとこれも変な話で、映画ではあの着信音が鳴った携帯の持ち主が何だかんだ死んでしまうわけだが、私の場合は自ら進んでそうしている。つまり自分自身で死亡宣告を作っているのだ。

 YouはShock お前はもう死んでいる。

 IはShock いっそ死んでしまいたい。

 これは金持ちの死亡遊戯とかでなく本当にただの若気の至りなんです…。

 嫌だよ…もっと生きたいよ…。

 来る、きっと来る。

 右の肩からトン トン トン

 後ろの正面 だぁ~れ?

 えっ……

 ぐ、ぐ、ぐぐぐぅぅぅ……

 なんだ担任かよ。

 思わず声が漏れてしまったと気づいたのは5秒後の職員室に連行される廊下でだった。もちろん携帯は半日没収された。が

「没収する前に着信音を変えろ」

「教室に戻る前にすぐ変えろ」

と担任直々の命令が下りた。今から電源切りますから関係ありませんよ? 何ならバッテリーも抜きますよ? それともメンタル的な問題なのか? そういや映画ではあの着信音、バッテリー抜いても普通に鳴るんだった…。

 2年から各種進路別にクラス分けされた中で理系コース『1組』に配属された私は序盤から非科学的な伝説を作ってしまった。

「お前なにやってんだよ~!!笑」

とはさすがに誰も言えなかったし、同じクラスメイトであり親友である杉下と仲代ですら躊躇していた。それでも昔から「人の噂も七十五日」と言う通り、七十五秒も経てば親友との笑い話になって、七十五分も経てば教室での笑い話になった。

 そういえば2年から担任が新しくなった。

 先生の名前は「石橋洋一」。担当教科は数学。石橋先生とは1年生(数学Ⅰ)のときから付き合いがあった。見た目がややハゲ気味の眼鏡中年な上にタメ口調で授業するフランクな性格だったので生徒たちにとっても声かけやすい存在だった。先ほどあった「着信変えろ」の一連も今までの関係があったが故のことだと思う。

『加法定理の覚え方』

sin(α+β)=sinαcosβ+cosαsinβ
sin(αーβ)=sinαcosβーcosαsinβ

“咲いたコスモス、コスモス咲いた”

cos(α+β)=cosαcosβーsinαsinβ
cos(αーβ)=cosαcosβ+sinαsinβ

“コスモスコスモス、咲いた咲いた”

を石橋先生の授業で習ったものの、生徒らからは

「覚えにくいぞー」

「分かりやすく教えろー!」

「工夫がないぞー職の怠慢だー!!」

など超ミニデモ活動が発生したので

「じゃーお前らよく聞け!」

と黒板にR18な語呂合わせが披露された。

 おかげでクラスの加法定理修得率は100%になった。これも男子校ならではの術である。

 この年はいわゆる名物先生たちに出会う年になった。

 執筆の関係上、少し省略するが……化学Ⅰを担当した田代先生は50代後半の背の低い白髪教師だったが、実際はその見た目を忘れるぐらい憎まれ口のプロフェッショナルだった。

「お前ら…これも知らないでここ来たのか。うわーっ怖い怖い! こんなんに日本のこれから委ねるのかよマジで大丈夫か日本…」

 そして滑らない話のプロフェッショナルでもあった。

 昔、田代先生が後の奥さんと横浜港で行われる花火大会を港の見える丘公園から見ようと行ったときのこと。その年の演出はド派手で発射地点である大型豪華客船の甲板から幾千の火花が散った。

「今年すげぇな~! ありゃ銅とナトリウムとストロンチウムのサマーバーゲンだな」

 次の日の新聞一面には『横浜開港祭花火大会 未曾有の爆発事故』と書かれていた。

 また別の話。

 近々、我が校の説明会でやる公開授業で人工ダイヤモンドを燃焼する実験を予定していた。奥さんは宝石に興味ない人らしいので、

「俺今度ダイヤ燃やしちゃうんだぜぇ~!」

と自慢げにアピールしたら、奥さんから

「もったいねぇことすんじゃねぇクソジジィ!!!!」

とリビングでそう言いながら胸ぐら絞められたらしいが

「中間試験5日前で問題用紙まだ作ってねぇから殺すなコノヤロ!!!!」

と言って死期を免れたとのこと。本人は三途の川の淵に咲いている花は白百合なのか確認してみても良かったなぁ~なんて言っていたが

「(まだまだ先だろうなぁ~)」

と初めて作った眼鏡で黒板を写しながら私は思った。

 他の話によると先生は学生のとき、ビートルズの武道館公演に行ったらしいので2015年の再来日で行われたポール・マッカートニー公演にたぶん絶対行っているであろう。白百合を先に見に行かなければ。

 1年の理科総合Aから科目選択で本格的に物理Ⅰが始まった。担当は部活の顧問でもある柵木先生。午前から「こんにちは」することになった。ただ昨年の絵布先生と違って、科学部員だからといって柵木先生は甘くなかった。

「あー違う違う、滑車で質量m引っ張ったときの張力Tの計算はこうだろ」

「なに計算した速度そのまま書いてんだよ、秒速と時速の変換は力学の基本だろ」

「物理専攻だったら“×9.8(重力加速度)”ぐらい暗算しろ」

 まったく甘くなかった…。

 そして同受講者の杉下と仲代も授業と課題のプリントにはヒーヒーだった。また毎回授業中に提出できなかったので物理ある日は放課後の教室で3人仲良くラグビーのスクラム方式で課題に取り組むことが多かった。自分たちの中では科学が好きだった私が残り2人に何とかアドバイスする、そんな日々が続いた。

 あるとき、職員室にいる柵木先生にプリント提出した後、こう言われた。

「お前は計算ミスが多いが誰より物理に意欲的だ。だから早くミス克服してあいつらを手助けしろ」

 せ、先生…!!

 私は物理が好きだった。

 課題が終わった後は曜日によるが科学部の活動になる。新学年になって頼りない私にも後輩が5人できた。春に行われた部活勧誘プレゼン大会で巨大静電気マシンに突進した甲斐があった。ちなみに巨大な静電気は視界にお星さま作ることをこのとき知った。

 話が少し変わっての補足なのだが…このブログは全て文章なので分からないが、私たち2年生・3年生と新しい1年生は明らかに違う部分がある。新生徒から制服が変わったのだ。冬服から夏服まで色もデザインも違う。つまり私たち2年生が最後の生徒なのだ。再来年には居ない色を着ていることで世代交代と生物絶滅の瞬間を嫌でも目の当たりにさせられる。やや大げさに書いたが、寂しいものだ。それでも後輩たちとの交流は楽しかったし、その年の夏の合宿もみんなで良い汗を流した。

 ここまで書いといてアレなのだが、その年に採った鉱物は覚えているものの、その他の出来事は前回ほど覚えていない。ただ2時間以上かけて登った山頂に押し迫るズレたスケジュールの関係上、山頂から5分足らずにあるスキー用のロープウェイに移動し、数時間前にいた麓に到着する20分間の中で因果関係の崩壊と世の無常を学んだのは覚えている。

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【あとがき】

 皆さんお忘れかもしれませんが…第18話の階段から落ちた時から私はあまり目が見えてないままでした。

 それでも勘と経験でそれなりに過ごせたし、授業も机を前の方にさせてもらってました。ついでに言えば前回出てきたギャルはボヤケた視界でも識別できるぐらいギャルだったのだ…。でも不安定だった我が家の収入もある程度までは安定してきたし、そろそろ授業も本格的に受けたかったので思い切って眼鏡を作ることにしました。

 最初は授業中だけ掛けりゃいいやと思ってたのが1週間も経てば寝るとき風呂のとき以外ずっと掛けたままになりました。

 鈍化って恐ろしい!汗

 そのかわり無くすことが減ったけど…苦笑

 ちなみにコンタクトは考えてません。

 眼球に異物入れるなんて怖いし、衛生管理も大変だし、昼寝癖があるから想像しただけでも危ない…。

 帰納法的な証明での解答です。

 そういえば数学的帰納法の証明って演繹法なんだよね、当たり前だけど。

 えっ、どういうことかって?

 話がややこしくなったな……さらばっ!!



※理由を知りたい方はそのまま下げてください。



【あとがき】で「数学的帰納法の証明って演繹法だよね」と書きましたが、そのままではあまりにも…なので少しだけ解説しようと思います。

 そもそも数学問題などの証明方法には演繹法と帰納法の2種類があります。

『演繹法(えんえきほう)』とは……全体に成り立つ理論を部分的に当てはめていく方法。

 たとえば「太陽は必ず東から昇って西に沈むので、明日も太陽は東から昇り西に沈む!」。これが演繹法の考え方です。

一方、

『帰納法(きのうほう)』とは……部分に当てはまることを集めて押し進めて全体に通じる理論へと導く方法。

 たとえば「リンゴは甘い、ミカンは甘い、イチゴは甘い。つまり、それらを束ねる果物とは甘い!」。これが帰納法の考え方です。

 では、『1+1=2』はどちらでしょうか?

 これは誰が答えても『2』に変わりないので、この答えは演繹法です。

 もっとざっくりに書くと、1つの数式から出されるイコールの次の答えは基本的に1つしかありません。『風が吹けば桶屋が儲かる』理論と同じです。つまりこれも演繹法です。

 これを繰り返すことで不変な「式の答え」を出すので、算数や数学に出てくる式の解答のほとんどが演繹法だと言えます。同時に『風が吹けば桶屋が儲かる』とは演繹法の仕組みを分かりやすく例えた小話でもあるのです。

 では帰納法はどこで使われるのか?

 主に物理や化学など科学や経済学で威力が発揮されます。

 いくつもの小さい結果や現象や事案から大きい不変的な法則を導くので、これは立派な帰納法ですね。

 たとえ数式じゃなくても、過去に起こった事件や事例を基に憲法や法律が作ったり書き直したりするので、政治家や弁護士にも必要だと言えます。

 いわば文系理系関係ない重要な思考法です。

 となると演繹法に並ぶ第2の証明法『帰納法』が不変的に正しい解答を導くことを証明するにはどうすればいいのでしょう?

 ここからは高校数学の範囲になるので少し割愛しますが、つまりは「帰納法自体を証明するから結局は残った演繹法で証明するしかない(実際、演繹法で証明する)」。

→「数学的帰納法の証明って演繹法だよね」。

 かなり大ざっぱに書いたので多少の語弊はありますが、こういう理由であります。

 ちなみに『数学的帰納法』はあっても『数学的演繹法』はありません。それは演繹法を前提に扱われた世界で異彩を放つ証明法が現れたので、周りと差別化するために前者の言葉だけがあります。

 あと数学的帰納法の証明問題は2013年センター試験の数学ⅡBにも出ましたし、法科大学院の入試問題にも出てくるので、自分には関係ないやと思っている学生のキミ、要チェック!!

 えっ…そんなのとっくの昔に知ってるって?

 そっそうか…優秀なんだな!

 試験頑張ってね!!

 最後の最後まで色々取り乱しましたが……改めまして、よろしくお願い致します。

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 世間の思うシーズンに合わせてウチの学校でも文化祭が始まった。立冬が近い11月のことである。

 最初に言っておくがウチのクラスが何の催し物をしたのか全く覚えていない。振り返るとこれは仕方ない話で、そもそもどこか部活に所属している生徒は基本的に教室シフトを少なく組んで貰えたからだ。

 以前も書いた通り、私のいる教室の担任が私のいる部活の顧問でもあるので、そのシフトの融通は圧倒的だった。

 これが世に言う癒着か。

 いま書いて初めて気がついた。

 ただ逆さに言うと、夏休みが明けてからこの2ヶ月間連日連夕ずっと理科室に引きこもっては大きい方眼紙に鉱物調査のレポート書いて、別の方眼紙に少々独創的なポスター描いて、当日やる実験などのデモンストレーション、様々な質問に答えられるようマニュアル暗記、展覧室と休憩室を分ける仕切り壁まで製作。え、さっきやった実験もレポート必要!? では3日ほど時間ください。え、納期は3時間後!? くそっ、やればいいんだろ…。

 カフェイン摂取のために1階下の自販機のボタンを押した。ちなみに我が校では校内以外で販売されているペットボトルおよび缶ジュースの購入または持参を禁止しているので、このとき買ったのは紙パック自販機のコーヒー牛乳(キリマンジャロ味)である。そしてそれから2時間半の間に書き損じで方眼紙3枚無駄にするとはストロー刺した時まだ知らなかった。

 紆余曲折あったが、こう当日を迎えられたのは嬉しい。

 さぁ、いよいよ文k(ピンポンパンポン♪)

「文化祭を 開始します 生徒は各自用意してください」

 ……何も言わず白衣を着た。

 どこかの運動部が出店したフランクフルトと豚汁で昼食を取った午後も科学部の客足は好調だった。

 それもそのはずである。

◆展示の鉱物は毎年奥様に大人気!
(特にどこで仕入れたのか知らない古株のデカいアメジストには夢を感じる)

◆その横にある体験型の砂金取りコーナーには長蛇の列!
(釣り部が金魚釣りなら我が部は砂金釣りだ! 砂粒サイズだが純金100%!)

◆隣の机の簡単な実験で作れるスライムは子供に大ウケ!
(楽しいからといってスライム投げつけないで…お兄さんメンタル弱いから…)

 このようにお陰さまで繁盛しているが実は各担当がこれといって分かれておらず、近くにいる部員が対応しなくてはいけない『家電店員システム』が採用されている。

 なのでサイエンスクラブであるウィーはビジターのバリュースなニーズにエアリーにレスポンスするため、ヘッドを即チェンジする必要があった(これで合ってるのかは敢えて聞かないでくれ)。

 こういうことはLDには本当に向いてないのだが、変なもので当時は一瞬たりとも頭によぎらなかった。

 いや、よぎったからといってどうしようもないからよぎらないだけでも幸いなのだが、誰だよ、文化部=楽ちんって言った奴は…。

 あーだ、こーだ、文句たらしながら私は偶然誰もいない実験コーナーで1人休憩していた。そしたら机の向かいのイスに新しいお客が2名座った。

 2名とも他校の女子高生だった。しかもギャルだった。ハッキリ言うが苦手なタイプだった。

 だけどそうも言ってられないので、今回使うプラコップと割り箸を渡して(マニュアル通りの接客で)始まった。

 スライムの作り方は至って簡単で、材料も

◆「水」
◆「絵の具」
◆「洗濯のり」
◆「ホウ砂(眼科で使う薬)」(ホウ砂は薬局で手に入る)

の4つしか使わず、これらを

①プラコップに水を3分の1ほど入れて、

②水の中に好きな絵の具を入れて割り箸で混ぜて、

③出来た色水に洗濯のり(さらに3分の1)を入れて混ぜて、

④ホウ砂を溶かした液体(さらに3分の1)を入れて混ぜて、

⑤ほどよく固くなったらプラコップから出して完成!

※注意①
 ご家庭でホウ砂の水溶液を作る際はプラコップにホウ砂スプーン2杯分入れて、高さ3分の2まで水を入れて混ぜてください。

※注意②
 なおホウ砂には毒性があるので誤って口に入れた場合、即座に洗い流してお近くの医療機関に行ってください。特に幼児は最悪死に至る場合があるので出来るだけ大人が作ってあげてください。

※注意③
 万が一事故が発生しても当方では責任を負いかねますので、予めご了承願います。
 説明が長くなったが…さっきの順番に作れば誰でもあのスライムが作れる、はずだった。

「お兄さん説明長いから代わりに作って」

「目分量とか難しいウケる」

 一筋縄にはいかなそうだ。あと何がウケるのか教えてくれ。

 しかたないので代理でスライムを作っていたときに向かい越しに片方のギャルから聞かれた。

「お兄さん名前なに?」

「渡辺です」

「えーっマジで? あたしも渡辺っていうの! スゴい奇遇だね!!」

 もちろんだが渡辺はハンドルネームであって、実際の名字は違う。それでも渡辺は珍しい名字ではないし、実際の名字も極々平凡で同じだからといって珍しくない。ましてや今まで同じ人に出会わなかった方が珍しい。もし彼女が言うようにこの出会いが奇遇だとしたら、この世界は希望に溢れている。つまり、それぐらい彼女たちに興味がないのだ。

「渡辺くんは何年なの?」

「1年です」

「うそマジで!? ウチらも1年だよ! これスゴくない?」

 スゴくない。

「渡辺くん雰囲気優しいしモテそう。彼女いるの?」

「あれぇ~ちょっとアンタら良い感じじゃない?」

 やめて。

「はい、います」

 もちろん彼女たちが良い子なのは分かっている。だけど、これ以上話ししていると過去に受けた色々を思い出してしまう。嘘ついて、ごめんなさい…。

 持ち帰られるように容器に移したスライムを渡してイベントやっている隣の体育館を紹介した。

 それからは、生徒家族に同級生にスライム作り続けて2日間の文化祭が終わった。

 3年生とはここでお別れ。

 楽しかった分、寂しい…。

 先輩たちは大学だ、専門学校だ、就職だ、一人ひとりそれぞれの道に進んでいった。

 さすがに大学に進学する軍事ヲタク部長の中国文学科(東京湾横断の片道3時間)には驚いたが…。

 長くて短い文化祭が終わると遅れを取り戻そうとするのか期末試験に向けて授業のペースが普段よりも少し早かった。

 それでも中間を含めて上位にランクインしたのは嬉しかった。

 しかも2学期期末はクラス2位だった。

 セルフ前人未踏。

 また人間とは貪欲なもので、3学期では1位を目指そうと自分でも信じれないが自発的に勉強した。

 新年を迎えた3学期の期末試験。手応えはあった。というか楽しみだった。もうここまで来ると上がろうが下がろうが関係ない。これが何位なのか純粋に知りたかった。

 テスト結果を書いた一覧表が帰ってきた。

 各教科の点数は過去最高を記録した。

 クラス順位は書かれてなかった。

 なぜ順位が無いんだ…!?

 放課後になって絵布先生に尋ねると生徒からあまりに不評すぎて仕方なく廃止したとのこと。

 反動のあまり腑抜けた。そのまま普通に順位を聞けば良かったのに、そういう知恵まで腑抜けていた。

 今思っても、何度思っても、本当にバカだった。

 ワクワクに満ちた1年生が終了した。

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長く短い祭 / 神様、仏様

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【あとがき】

 本編では省略しましたが、1年の芸術選択科目で書道を選んだ私は1学期の課題書写で書いた漢詩四文字で、

 第21回 高円宮杯
 日本武道館 書写書道大展覧会
 毛筆の部 大会奨励賞 (平成17年8月27日)

を受賞しました。

 短期間ですが武道館で作品展示もされ、事実上武道館デビューも果たしました。

 そしてそれ以降、筆を持っていません。

 単に授業以外で持つ機会が無かったから。

 ウチの学校には書道部もあったし、親や先生から腕がもったいないから入部しろと強く進められましたが頑なに断りました。

 単に書道に興味が無かったから。

 そして取った賞の意味が分かっていなかったから。

 当時科学にしか頭がなかった故です。

 書道を嗜む科学者なんて沢山いるのに、後から文学に潜む楽しさも覚えるのに、今では磨くチャンスを潰してしまい後悔しています。

 知らされる事実は、いつも背後から撃たれる。

 あの日あの時あの道を選んでいたら今日はどういう一日だったのか時々考えます。

 その逆もまた然り。

 こんなつまらない日常でも、どこかのパラレルワールドが知りたがっていた答えの一つです。

 見えない知らないからこそ、この世界は希望に溢れている。

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 私は山に行く。

 いや、これは第14話のタイトルを復唱しているのではなく、実際に私は今山梨県北部の鬱蒼とした山奥を歩いている。

 なぜこうなったのか。

 事の発端は今から1~2ヶ月前に遡る…。

 私が当時入っていた科学部は世間一般に思う科学部と少し違っていた。

 基本1年のほとんど理科室で過ごすのだが、8月中の3日間だけこの前提は対象外になる。

 我が科学部は毎年文化祭の出し物が決まっている。

『f(今年の文化祭の出し物)=展示{鉱物(実物)+研究レポート}+化学実験(簡単)+α』

 これが我が部の出展数式である。なので文化祭前になって黒板前に集まって「何をやろうかなぁ…」と乱雑な箇条書きにウンウンと悩む必要も特になかった。

 ちなみに最後のαは「(各自×自由)」を意味し、何かやっても良いしやらなくても良い。ただし自己責任なので経費や領収書などは一切降りない。下手に「(出費+火傷)」したくない私には関係ない項でもあった。あと追加解説すると、先ほど式の中に「鉱物(実物)」とあったが、実はこの項は毎年変わるのだ。

 もうどういう意味か分かるであろう。

 展示する鉱物の発掘調査として毎年夏休み中の8月上旬の約3日間、鉱物が採れそうな現地に合宿するのが我が部の伝統なのである。

 なぜ鉱物なのかというと、顧問の柵木先生(物理)が地学も兼任しており、本人自身も鉱物マニアかつ学生時代は登山部出身でもあるから自ずとこういう形の調査合宿が生まれるわけだ。

 ただ普段旅行に縁がない家庭で育った旅行好きの私には数少ない機会の一つでもあるので苦痛ではない。何より青空と森林が生む空気は肺と心にとって大変美味しくて都会で溜まっちまった吐息がどんどん去っていくのが体の底から分かる。

 このまま書くと素敵な旅行記になりそうなので少し現実的な部分を書くとしよう。

 当たり前の話だが、地球上にある物体の全てには質量がある。

 それは今私たちが背負っている重いリュックでも同じだ。

 今回は表現の便宜上、このリュックを大きい球体に例えるとして、急勾配を上る疲労困憊の私たちが休憩で、その場にリュックを降ろした場合どうなるだろう。

 もしこれを物理のテストに載る図に再現したらリュックは重力と傾斜に伴った方向に潔く転がるであろう。何なら背負う人間だって物体なんだから、相当の摩擦があっても重力と傾斜に伴った方向に潔く転がるかもしれない。何時間も山に登って相当疲れているからあり得なくもない。

 だけど現実はそうではなくて、下に転がらせないよう球体を背負いつつ自身と合わさった質量を抱えた状態で二つの靴底と荒い砂利道の接触で生まれる数少ない摩擦面だけで永久に続く重力と傾斜に逆らう。

 登山は物理学に逆らう行為なのか。

 いや違う、質量が重いほど靴底の摩擦力は増えるから抗力(足が地面を押す力の反作用)で反対の足が上がれる。

 これはニュートンの運動第3法則『作用反作用の法則』で説明される現象だ。

 登山は物理学を尊重する行為だった。

「あと少しで現地だからそのまま行くぞ~!」

 その台詞、1時間前にも、聞きましたよ、先生…。

 しばらくすると雑草よりも岩肌の露出が目立つ少し荒い平野に到達した。

 ここが今回の採集ポイントであり、都心に近くて全国的にも有名な採掘場である。

 そういえばここまでグダグダと書いてなかったがここで採集する今年の鉱物は「石英」である。

 二酸化ケイ素(SiO2)が結晶化してできる、やや白く濁った六角桂状の綺麗な鉱物で、陶器・ガラス・光ファイバーの原料となる。もしこれで純粋(無色透明)があれば名は「水晶」として高値で取引されるが、もちろん素人には出会えない稀少物なので誰も最初から期待していないのが現状である。

 とはいえ宝くじ買うときの淡い期待に似たような心境を胸に秘めて私は発掘を始めた。

 科学部全体の平均成績はまずまずといった感じだった。

 展示するには量は十分だが質はイマイチであったが、そんな中で確変が起こった。

 私が掘り出した六角桂状の石英(約2cm)が水晶に近い透明度を誇った。

 これには「ウォー!!」と叫びながら顧問と他の部員たちにドヤ顔で見せびらかした。

 3年生の先輩たちには

「お前スゲェじゃねぇかー!!」

と褒めてもらったが、後で顧問と残りの部員から

「お前さ、3年生は今年で終わりなんだから少しは察しろよ…いや確かにスゴいけど」

と忠告を受けた。

 目立つ記録を出そうと場のテンションで粋がってしまった私は先輩たちの顔に泥を塗ってしまったことを数十時間前に居たであろう山岳を帰りの車窓越しに覗いてジワジワと反省した。

     〇

 少し時は経って8月の中旬。

 私は大学の構内を歩いていた。

 しかも学生サイドで。

 いやオープンキャンパスに参加してる高校生サイドで。

 まだ高校1年だし少し早いかもしれないが、中学はろくに準備せずにいたから直前まで決まらなかったし、昔と違って「機械工学部」に行きたいという希望進路もあったから早いに越したことはなかった。

 今私がいるのは全国の私立大学レベルでも最下層のFランク大学『S工科大学』。

 ここの工学部はウチの高校から指定校推薦で毎年進学している、いわば御得意様の大学である。

 進学するかしないか以前にどういう所なのか参考までに頭に入れたかったので今回ここに来ている。

 ここは研究よりも就職に役に立つノウハウをモットーに、座学では得られない経験の実習をメインに、1年から大きな工場が扱う工業機材を使って渡された図面通りのパーツを作る訓練をしている。

 もちろん製図の実習もあるのだが、パンフレットに載っていた授業中の写真には生徒がイスに座りながらキャンバス板に乗る大きい方眼紙に鉛筆と定規で直接描いていた。

 えっと、CAD(コンピュータを使った設計)じゃないんですか…?

 いくら工業の基礎知識とはいえ一から手書きで製図する工場って今どき地方でも少なくなっているのでは…? それとも別にCADの実習があるのかな? あいにくパンフレットのカリキュラムには書かれていないけど…。

 そうこうしてる内に体験授業が始まった。

 今回の授業内容は「アーク溶接」。

 溶接には凄く大まかに分けるとアーク溶接とガス溶接の2種類あるが、アーク溶接は部材に高圧の電気を流すことで部材同士を溶かして接合させる(略して溶接)、よく工場とかで見かける青白い強い光が飛び出す作業である。

 ちなみにあの青白い光を「アーク」と言い、アーク放電という電極から電子が飛び出し他の電極に移行することによって電流が電子の移動と逆方向に流れる現象で、これが連続的に発生してる状況の…(以下省略)。

 つまりアークが出る溶接で覚えてほしい。

 そして飛び散る火花を「スパッタ」と言い、その正体は高熱で溶けた部材なので誤って服の中に入ると火傷どころではない…。

 体験授業を行う実習室では私を含め10人ほどの高校生が分厚いエプロンと皮手袋とゴーグルを着けて、鉄アレイみたいな重い機具に溶接棒を付けて、素人だらけの溶接大会が始まった。

 さっそく問題発生。

 どうしよう、ゴーグルがあまりに暗すぎて鉄材と溶接棒の位置が把握できない…。そして…機具が重い! 尋常じゃなく重い!! 少年ジャンプ何週分なんだ!? 筋肉が痛くて震え始めた…。

 もういいや、適当に目星つけて……

「何しとんやワレ死にたいんかっ!!!」

 その声は体験授業の先生で、先生というより現場監督の名に少し近い作業着のお爺さんだった。

「てめぇの甘い認識で片腕落ちんやぞ糞ボケが」

「あぁう…すいましぇん…」

 だったら監督。お尋ねしたいが、

『鉄の融点(溶ける温度)は約1550℃』

一方アークの中心部は約3300度で太陽の表面温度の半分以上。

 しかも50cm離れた皮膚が数秒浴びただけで炎症起こすほどの強烈な紫外線で出ているし、最悪の場合では皮膚ガンにもなる。このアークを裸眼で見た場合、「電光性眼炎」という目の炎症により視力低下もしくは失明の可能性もある。またヒューム(酸化鉄による煙)の発生で、大量に吸った場合、金属ヒューム熱や塵肺(じんはい)で治療できない事態になる。

◆金属ヒューム熱……金属蒸気の凝集物を吸収することにより起こる症状。

◆塵肺(じんはい)……粉塵(ふんじん)などを長期間吸引したことで肺の細胞が繊維化し固まって呼吸困難になる疾病。補足すると塵肺患者の約20%は溶接工員。

 そんな危険な作業なのに何でマスクが支給されないの? そもそも塞ぐマスクないから監督も私もペラペラ文句言えてますもんね! そして作業机一つ挟んで後ろに父兄の方々がマスク、ゴーグルなしで無防備に立ってますが危険すぎません!?

 そこにいるウチの母、過去にメラニンが増えて大変なことがあったから強い紫外線とか本当にNGなんですが…。

 ……と心の中で静かに怒鳴っている内に体験授業が終わって進路相談の三者面談に移った。

 まず目の前の大学職員に「自由立高校1年、希望は機械工学科です」と述べた。

 ここから少しだけ会話劇が続く。

「1年から来るなんて積極的だね! どうだったウチの学校?」

「よそをまだ見てないので分からないですが大変個性を重要視した学校ですね(皮肉)」

「そうでしょー? ウチは生徒の個性を大切にしてるの」

「(そういう意味じゃないよ…)」

「えっと、おたくの大学に入る際、取得必要な高校教科はありますか? 一応、物理Ⅰと化学Ⅰと数学ⅢCまで履修予定なんですが」

「あー教科? 特に指定ないですね。何だったら文系コースでもウチ願書書けば合格出しますから」

「(えっいま衝撃発言が…)でも講義受ける上である程度の基礎知識が必要では?」

「そんなに授業のレベル高くないから安心して」

「(授業じゃなくて講義の話をしてんだよ。というか講義を授業と言ってる時点で…)」

「ぶっちゃけ数学とか物理とか入ってからやればいいですし、内定さえちゃん取ればウチとしても有り難いんでねぇ」

「(ぶっちゃけすぎでしょ…)そういえばパンフレットに載ってる製図の授業、見た限り手書きですが別にCADの授業もあるのですか?」

「おっCADなんてキミ物知りだねぇ~! そういや他に見学する大学とかある?」

「(ぶっちゃけないんですね…)まだ決めてないですけど、TE大学やM工業大学(どちらも私立の偏差値50台)辺りとか……」

「え~あそこっすか~? 関係者だから言いますが、ここだけの話、二つともマジで良い噂ないですよ。俺の友人の甥っ子がM工大に入ったんですけど何か説明会で聞いてたのと違ってたみたいで中退したから間違いないですよ! その点ウチは(自分の胸トントンッ)大丈夫ですからっ!」

 うん、間違ってた。

 誰がこんな所に行くかっ!!

 そこに関しては母も同意見だったし、家に帰って作業現場の安全管理に詳しい父に話したところ、

「論外すぎて全く話にならん。絶対行くな!」

と我が家総スカンで幕は閉じた。

 当時の私にとって「科学」とは何にも代え難い大変崇高な聖域だったので、唯一無二である科学に対してぞんざいな扱い、ましてやそういう態度に許すことができなかった…。

 いま振り返ると狂信者だったんだと思う。

     〇

 また少し時は経って8月の下旬。

 これは日付を覚えているので記す。

 8月31日。

 母方の祖父が亡くなった。

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村瀬幸子

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【あとがき】

 亡くなった祖父との思い出は第10話をご覧ください。

 この8月はとにかく慌ただしかった。

 とはいっても普通に書けばいい所をむりやり引き伸ばしてる感も否めないが…。

 日本が終戦を迎えてから60年目に死去という祖父にとってもう一つの還暦を過ごしたのは何かの縁だろうか?

「そんなの知らないよ」

 まあ、何かの縁だと個人的に思いましょう…。

 そして…ここ数日更新が遅くて申し訳ありません…。

 色々と個人的な事が重なって忙しいのもありますが、単にスランプが重なりすぎて筆が進まなくなってる。そう言った方が正しいかもしれません(ヒットしてないのに気分は大作家)。

 個人的には1文字目に書いたテンションで最後まで書き切りたいのですが、そうなると3~4時間ぐらいまとまった時間が欲しいです。

 えぇ、夏休みの宿題は24時間テレビの後にやるイベントですよね?

「明日やろう」を40回言っただけで夏休み終了。365回言っただけで1年終了。どうりで1年が早いはずだ。

 そもそも私の身体は怠惰と無能のハイブリット構造なんです。

 記事の更新は明日やろう。

 その結果こうなりました。

 ごめんなさい。

 嘘です。

 ちゃんと頑張ります。

『明日やろうはバカ野郎』

 はい、バカ野郎です…。 
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 降りる駅の近くにある桜の遅い開花で、まだ制服に味がない新生徒の入学式は余所よりは仄かに彩りよく始まった。

 私が入学した『自由立高等学校』はおだてにも偏差値は高くないが学費も高くない。また開校70年以上変わらない教育方針として積極的に徹底的に風紀に厳しく、理由はどうあれいつでも制服の学ランはまず第1までキッチリ閉めないといけない。

 何なら私が入学する5年前までは「髪型は坊主」と生徒手帳に記載されていたほどの校名に似合わぬ超硬派な男子校であった。

 ちなみに私の隣にいる出席番号1つ後ろは登校初日から第3ボタンまで開けてる大変分かりやすいタイプの不良で、もちろん先生たちとの衝突もあった。今後登場する予定ないのでネタバレすると、彼は高校2年後半から風紀委員長に就任し、まず誰よりも正しい生徒の模範として卒業するその日まで己の職務を全うした。

 これは他のクラスでもそうなのだが、私が配属された1年4組は男子校なので教室には野郎しかいない。

 では共学が良かったのかと聞かれると答えはノーである。

 今までの学生生活から基づくと一人を除く同世代の女子に対して気まずさと恐怖感を抱いていた。

 とてもではないが、どう接すれば良いのか分からない。分からないから気まずくなる。気まずくなるから怖くなる。

 別に誰でもいいから彼女が欲しいという考えもないので、今は誰も私の過去を知らないこの野郎だらけの教室で少しずつやり直すことに専念したい。

 ここで少し訂正を入れると教室にいる全員が男性なわけではない。

 たとえば女子校の担任が男性であるように、このクラスの担任は女性である。

 担任の名は絵布小鞠先生。担当教科は生物(今年は理科総合A)。絵布先生は国立の女子大学・大学院にて理学博士を取得した正真正銘の理系女子である。更にこれから入部する科学部の顧問でもあったので、何だかんだ付き合いが長い結果になった。ちなみに先生は及川光博の大ファンだったが彼の結婚報道でた時は私はもう卒業してたので現在どうしてるか知らない(※暴露)。

 話は変わるが個人的な朗報が四つある。

①いじめる不良がいなかった。

 クラスに怖い不良がいるかいないか、これは今後の学校生活において最大の賭けだと言っても過言ではない。

 先ほどの例でもそうだが、ウチのクラスにいた不良たちはビジュアルはイメージ通りなのだが、小中学時代に遭遇した奴らのような人として卑しい行動する人がいなかった。

 たぶんクラスのほとんどが地元民ではなく電車からの通学組なので1年生の内から休日わざわざ電車に乗ってまで仲間とつるむ要素がまだ足りなかったからだと思う。

 そのかわりクラス内では誰にでも声かける気前の良い兄ちゃんとして、人によって好き嫌いあれど自分には心地よかった。

 まあ、中には腰パンしている生徒もいたが次の体育でジャージに着替えるときに「俺マジ不良だからここまで下げたわ~!」とくるぶし辺りまで下げて教室を徘徊するレベルだ。

 他にも、その日テンション上がりすぎて駅のホームに降りて線路歩いてしまった生徒もいたが、それはさすがになので数日後に退学となった。その生徒とは別に友達でもない顔見知り程度だったから

「(ああはなりたくねぇな…)」と授業前の担任の通達を横目に重々思った。

 幸いにも私の周りにそういう奴はいなかった。

 唐突だった、紹介しよう。

②友達が3人できた。

 まず1人目は「杉下」。

 彼とは通学の電車が一緒でなんと降りる駅も隣同士だった。その縁か色々と会話する機会も増えて部活ない日はよく一緒に帰っていた。

 2人目は「仲代」。

 彼とはポルノグラフィティのファン仲間としてポルノの魅力やお互い好きな音楽の話題で独りよがりだった音楽観に花が咲いた。

 3人目は「七山」。

 彼とはどちらかというと悪友の関係に近かった。いわゆる高校生特有の“悪ノリ”を共にするメンバーだ。というのも彼は私のいる科学部に入部し、大変ノリが良い先輩たちと一緒に楽しくフザケてた。たとえばフリスク一箱50粒の一気食いとか。当時バカだと思ったが今でもバカだと思う。ちなみにフリスク50粒を口の中に入れると、水道水を液体窒素でキンキンに凍らせた氷を口に入れたときの感覚が味わえる(どちらも体験した私が言うのだから間違いない)。

 この繋がりで書くが、

③部活動が大変楽しかった。

 中学時代ずっと帰宅部だったから人生で初めて「部活」というものを経験した。

 中学3年で遅めに科学の門を叩いた私を気前良く温かく受け入れてくれたことは、そういう対応マニュアルをまだ持っていなくても嬉しかった。

 またその先輩たちも、

◆軍事ヲタク(科学部部長)
◆自動車ヲタク(副部長)
◆学年主席(参謀長)
◆写真部部長(掛け持ち)
◆人情派相談役(唯一の2年生)

 そしてウチら生意気な下っ端一年兵。

 時たま顧問である担任の絵布先生と3年生の学年主任の柵木先生(担当教科は物理)の叱咤と激励と説教くらいながらも窓が暗くなるまで誰かが笑っている。そんな超ユルユルな部活動だった。

 では部活が始まるまではどうしていたか。

④下手くそながらも勉強を楽しんだ。

 名誉的にあまり言うべきではないが、ウチの学校は偏差値が低い。

 ゆえにどの教科も基礎の基礎からスタートになる。

 だが、それが今まで知識が乏しい自分には合っていた。

 黒板に書かれている何もかもが新鮮に感じて、ここがテストで重要だとかすっ飛ばして、ただただ面白く頭の中に入れていった。あえて補足すると好きと得意は必ずしも比例しない。

 1学期の中間・期末テストの順位はたしか良くも悪くもなく真ん中ぐらい。でも今までの事からしたら上々の成績。何より赤点がないのは想像以上に清々しい。

 いっそ札束みたいに上に投げ飛ばそうか?

 いや普通に考えて出来ない。[反語]

 以下、4点をまとめると、16歳の自分には刺激が多すぎて疲れた。信じられないくらいに良い意味で。何だか疲労をかみしめたら鼻もかみたくなった。

 そういや男子校生になって進化したことがある。

 机の中にボックス型のティッシュが置けるようになった。これは共学では不可能な手段だと思う。ついでに周りにティッシュ必要な奴がいたらボックスを貸してカミュニケーション!

 こういうのは持ちつ持たれつである。

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松田龍平
2018-01-01
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【あとがき】

 いくつになっても中2のような臭い文章書くのは楽しいものです。

 渡辺綿飴です。

 今回は当時の楽しさを思い出したせいで過去類を見ないぐらい特定の登場人物が増えました。

 いくらエッセイとはいえ、いいのか、こんな勝手に出して。

 エッセイ漫画の大御所:小山健先生いわく、ネタにする人から激怒されることを覚悟の上で描くのがエッセイのコツとのこと。その教えを受けたエッセイ漫画の新星:原田ちあき先生は色々な人にビビりながら漫画を描いているらしい。なので、そのコミックエッセイを読んだ自分も色々ビビりながら書いています。

 この感じ、何というか…。

 完全に売れっ子作家気取りです。

 何にもないのに…。

 何にもないのに…。

 何にもないのに…。

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 エッセイだから伝わらないが、私は人より声が低い。

 マンガじゃないから伝わらないが、私は人より童顔である。

 そんな特徴ふたつを抱えているが、これは足し算みたいな単純な話だ。けど、これが掛け算となると事態は急変する。

 顔と声のギャップが凄まじい。

 家族も認めるほど凄まじいのだ。

 たとえばタラちゃんの声が穴子さんだったら気持ち悪いであろう(まあ、その逆の方が更に気持ち悪いが…)。

 何も生まれたときからコレだったわけではない。

 もちろん顔から想像する声をしていた。

 けれども思春期頃の男子には「声変わり」という大人への転換日がある。

 そう、ウィーン少年合唱団のスターソプラノが突如起こったXデーにより声が出なくなり、彼と一緒に世界公演旅行を願ったライバルが彼主演のオペラ公演で後ろ幕から吹き替える計画を立てる。そんな淡い青春映画も誕生させちゃうアレである。

「そんな映画があったんですか!」

 1963年公開の『青きドナウ』というディズニー映画のことなのだが、1秒も観たことない私にはこれ以上細かく書くのは無理なので、興味のある方はお近くのTSUTAYAかGEOに寄ってほしい。

 なんだか脱線してしまったので話を戻す。

 その前に一つ個人的な話を。

 実は私は花粉アレルギーを抱えていない。だから毎年春先は苦しむことなく過ごしてきた。でもその反動か幼児にしてひどいハウスダスト系の万年アレルギー性鼻炎者になった。

 何が言いたいかというと、私が通っていた中学校はご存じの通り荒れに荒れて掃除もせず……

◆ヤニ色の壁紙
◆ホコリで装飾された棚
◆校庭砂で薄くフローリングされた床

 そんなハウスダストパレードな教室は間もなくして私の鼻腔を黒部ダムへと開拓させた。

 映画『黒部の太陽(1968年:日本)』でトンネル掘削中の破砕帯崩壊で石原裕次郎らが激流に飲み込まれたように、この鼻の破砕帯も登校日は臨場感満載で崩壊していた。

 授業1回につきポケットティッシュ1個消費する鼻はただでさえ喋りづらい言語と出にくい濁声に鼻声要素を加えた。

 そうなるとカオスだ。

 国語の朗読で笑われる、音楽の合唱で笑われる、手を叩いて笑うな先生よ…。

 話すこと喋ることが怖い。

 通学路を歩いていても通りすがりの人からも笑われている気がした。

 音楽プレイヤーに入っている歌手みたいな聞き取りやすく愛される声になりたかった。

 時が経って2004年12月31日。15歳。中学3年の冬。時間は19時30分。

 年末を明けて直ぐに高校の面接試験を控えていた私は私たち兄弟の部屋のテレビ前で新聞紙片手に待ちかまえていた。

 この年の第55回紅白歌合戦にリスペクトするポルノグラフィティが11月にリリースした『黄昏ロマンス』を披露する。

 これはファンとしてリアルタイムでチェックしたい!

 だけど父は昔から紅白歌合戦が大嫌いで毎年観てこず、恥ずかしながらこの歳まで紅白歌合戦の存在すら知らなかった。

 そして片手の新聞紙にはポルノグラフィティが何時何分に出るかなんて書かれてないから、こうやってリビングより小さいテレビにすがりつく羽目になったわけである。

 ちなみに兄は大学生最後の年末ということで、どこかに外出していて居ない。

「一体いつになったら出てくるんだよ…」

 つまらなく待っている間は他の歌手で楽しめば良いのだが、あいにく他の歌手には一切興味がなかった。

 当時持っていた音楽プレイヤーも入っているのは大好きなポルノグラフィティの全アルバムと、母と兄が尊敬する山下達郎の『RIDE ON TIME』と、情熱大陸と世界遺産のオープニングが入った『image』、これしか入れてなかった。

 どのみち他曲に興味ないし、容量も256MBだし、それ以上必要ない。

 清木場俊介のいるEXILEを流し見しながら思った。

 どうやらこの紅白とやらは女性ボーカル(紅)⇔男性ボーカル(白)が入れ替えで進行するらしい。

 つまり最も早く出るとしたら、この今映っている紅組枠の松浦亜弥とやらの次の白組枠に出てくる可能性もなくない。

 松浦亜弥が終わった。

 アナウンサーよ、次は誰だ?

「次の出場者はnobodyknows+です!」

 くそっまた違うのかよ…。こっちだってヒマじゃないんだよ。

 しかも次の曲紹介、棒読みのオリンピック選手がやるのか。スポーツ興味ないから知らないよ。誰だよ、吉田沙保里と伊調馨って…。

「「ノーバディーノーズで『ココロオドル』」」

 この二人が読み終わった瞬間、事件が起こった。

 ENJOY!!!!!

 それは独特なマイク持ち方した男5人が鼓膜が震えるほどの重低音から始まり、今まで聞いたことない速度のアップテンポとつたない言語野が追いつかなくとも気持ち良く感じるロゴスの速い羅列。

 こ、これは何なんだ…!?

 片手の新聞紙を手放して、1997年ポケモンのポリゴン事件のときと同じくらいの至近距離で画面にすがりついた。

 何もかもが未知なのにドキドキする…。さっき紹介された曲名通り「ココロオドル」!!

 曲開始30秒が経った辺りか、それはそれは底なし沼のような重低濁声がお隣のスピーカーから飛んできた。つかさず私もスピーカーに飛びついた。

 当時の感触を率直に申すと、ハンマーで頭かち割られるほどの衝撃だった。

 この男の声はお世辞にも全然キレイじゃない。なのに、なのに、手が汗ばむほどカッコ良くて涙が出てきた。

 無意識にリモコンで音量を上げた。

 数秒後には後ろのドアからも早い重低音テンポが飛んできた。

「うるせぇぞゴルァ!!!」

 紅白が嫌いな父だ。

 昔から父には逆らえない…でも今の方が逆らえない。

 ドアノブの鍵を閉めて、耐えた。

 今この部屋は私だけの聖域だ。

 目の前のブラウン管から革命が叫んでいる。

 ドン ドン ドン バンッ!!!

 これは後ろのドアからだ。どうやら蹴り始めたようだ。

 怖い、でも、いいぞ。

 自分の中の妬み全てが崩れてく。

 さっきの男の単独パート2回目が来た!

 ベルリンの壁は崩壊した。

 未開の月に足跡が残った。

 これは(私の)歴史にとって大きな一歩だ。

 彼らがNHKホールにENJOYとコールを求めてる。

 さすがに恥ずかしいから小さくレスポンスした。

 演奏時間3分の革命が鳴り終わった。

 ハァ…ハァ…鼓動の音が執拗に響く。あ、後ろのドアか。

 テレビを消して、鍵を解いたドアを静かに開けて、

「ご、ご迷惑かけて…すみません…」

 リビングから漏れてくる年末総合格闘技の攻撃トドメの一喝並みにめちゃくちゃ怒鳴られた。

 ベソかくぐらい怖かったけど悔いはない。何より壊してくれたハンマーをもっと知りたい。

 その前にポルノの新曲見届けないと。

 あっ始まった!

 やっぱり良いな!!

 2005年正月最初の仕事はパソコンで昨日のグループ名と、あの濁声男の名前を調べることだった。

 グループ名は『nobodyknows+』。主に名古屋を中心に活動している6人組のヒップホップグループ(現在は5人組)らしい。

 ヒップホップとは何ぞや?

 ウィキペディアによると「リズム、ラップを同じ調子で繰り返すリズミカルなミュージックからなる音楽のジャンル」を指すらしい。

 ラップとは「小節の終わりなどで韻を踏みながら、リズミカルに喋るように歌う方法の事」。

 つまり言葉遊びか!

 大好きなお笑いにも通じる!!

 えーこれは面白そう!!!

 もっと色んな曲を聴いてみたい!!!!

 そして昨日の濁声ラッパーの名は『ノリ・ダ・ファンキーシビレサス』。その凶悪なダミゴエフロウとインパクト抜群の名前から、個性的なメンバー揃いの中でも一際強力な光を放っている。

 彼は私にとって濁声コンプレックスを取り除いてくれた恩人。そしてヒップホップという新しい世界を教えてくれた恩人。

 声低くたって良いじゃない、カッコいいもの!!

 これでは「相田みつを」だな…。

 私は面接試験を終えた後、TSUTAYAでココロオドルが収録されたアルバム『Do you know?』を借りて音楽プレイヤーに入れた。

 こうなると他のグループも聴きたくなる。

 パソコンとTSUTAYAを往復して、

◆ケツメイシ
◆韻シスト
◆RIP SLYME
◆m-flo
◆TERIYAKI BOYZ
◆RHYMESTER
◆KICK THE CAN CREW
◆KREVA
◆ZEEBRA

 英語圏は何を言っているか、よく分からないから後回しにして……この容量では全部は聞けないな、卒業祝いに貰ったお小遣いと全財産をはたいて1GBのウォークマン買おう。

 よし、このお笑いと科学と音楽を抱えて4月からの高校生活を楽しもう!

 幸いにも少し遠い進学先には私をいじめていた生徒は1人も居ない。たぶん今なら人生やり直せる。そういう韻が入った歌詞の曲を探して、そしてまた音と言葉が紡ぐ芸術に溺れた。

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Do You Know?
nobodyknows+
ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ

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【あとがき】

 それからはカラオケ行くとき必ず「ココロオドル」を入れてます。

 まあ、人生2回しか行ったことないんですが…。

 彼の声を知ってる人なら分かると思いますが、自分が歌うとき本当にあんな声です。

 でも自分はこの声が好きです。

 だから2012年11月11日に放送された『モヤモヤさまぁ~ず2 名古屋(後編)』で居酒屋からシビレサスさんが出てきたときは本当に驚いたというか嬉しかったなぁ…! いつかあの居酒屋に行って感謝の気持ち伝えたい!!

 それから6年もの期間があったというのに、未だに行けていない。あの居酒屋の名前すら忘れてしまった。まだいるのかなぁ…。

 忘れるほど熱が下がってしまった原因の一つに、最近ラップを聞く機会が減っていました。

 実はラップおよび音楽と同じくらい好きなものに映画がありまして、ヒマがあればまだ見ぬ新作・名作・珍作映画作品を映画アプリで探して、そして観れる機会をうかがって観ています。

 その観てきた中でも今月10日にGYAO!で観た『ファンタスティック・プラネット(1978年:フランス・チェコ)』という「自分の映画100選」の1つに入るアニメ映画があります。

 

 この(ひどくダサい)予告で分かるとおり、大変不気味である。本編75分間ひたすら不条理な描写(だけど原作が古典のSF短編小説なのでストーリーがしっかりしていて意外と見やすい)が続くが、アニメ・SF・ホラー・クトゥルフ神話・諸星大二郎の世界観を愛する自分には未知たりた、いや満ちたりたものがあった(これが40年前に製作されたんですよ!! スゴくないですか!?)。

 鑑賞後もYouTubeでこの映画の予告(先ほどの動画)を見ていたらコメント欄に「『禁断の惑星』から来た」という声が多くあった。

『禁断の惑星』って、あの『禁断の惑星』?

 たしかに古い映画に『禁断の惑星(1956年:アメリカ)』というSF映画の傑作があるが、あれと『ファンタスティック・プラネット』とは製作国も製作年も全然違うから関係ないし意味が分からない。

 気になるので同じくYouTubeで検索してみたら、この動画が出てきた。



 はっきり言って衝撃だった。

 著作権の関係で書けないが歌詞がブラック効いててめちゃくちゃカッコいい! 韻の踏みかたも秀逸!! 何よりビートの音源が全て『ファンタスティック・プラネット』の音源から構成されている!!! MVも『ファンタスティック・プラネット』だけでなく『禁断の惑星』『博士の異常な愛情(1964年:イギリス・アメリカ)』『π (1997年:アメリカ)』の映像を巧みに組み合わせている!!!!

 一言で表すと、

「暴力的にカッコいい!!!!!」

 こんな曲があったなんて知らなかった…。

 調べると2012年に発表されていたらしい。

 少し関心が離れてたせいで、こんなCOOLな曲を6年も知らずにいたのか…無駄なことしたなぁ…。

 この曲を即ダウンロードして、今も聞きながらこの記事を書いています。

『ファンタスティック・プラネット』個人的にオススメなので、どこか出会うきっかけがありましたら観てみてください!

~以上、長い本編と同じくらい長いあとがきからお送りいたしました~

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「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、よりいっそう学びたくなる。」――アルベルト・アインシュタイン(1879年~1955年)

 この時この言葉を知ったのは、些細なきっかけで読み始めたアインシュタインの伝記漫画の1コマだった。

 前回の発電ラジオ製作を通して、「科学」に興味持ち始めた私は子供向けの入門書らを読んでいた。ちょうど好きな人ができたら安っぽい歌詞をヒマなく聴きまくるように。

 そんな中でも、小さいおまけコラムにあった「相対性理論」という存在に不思議な魅力を感じていた。

「相対性理論」……一言で言うと、「速度が光の速さに近づくにつれ周りの時間が遅く流れる現象(もちろんこれだけではないが全て書くとなると膨大な量になるので割愛させてもらう)」

 それを知って真っ先に思ったのが「漫画みたいなトンデモ理論だなぁ」。

 正直全く意味が分からない。もし仮にそうだとして、なんで光速になると時間が遅くなるの? なんで引力ごときで光が曲がるの? なんで重い物ほど周りの空間が曲がってると言えるの? ねぇ、なんで、なんで、なんで?

 我ながらしつこいと感じながらも少しでも理解したいと手を伸ばした彼の伝記、子供向けとはいえ解説は甘っちょろくなかった。結局分からずじまいか…。

 でも次のページめくると、

「大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない。」
――アルベルト・アインシュタイン(1879年~1955年)

 アインシュタイン博士…!

 さらにページをめくると、

「人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。」
――アルベルト・アインシュタイン(1879年~1955年)

 博士パネェっす…!!

 一生ついて行きます!!!

「……ってことで担任よ、オレ高校行きます」

「そのさ、あんたねぇ…まあ資料ここに置いとくから自分で探して。先生、職員室にいるから…」

 急遽アドバイザーいなくなったのでセルフで高校探しを始めた。

 ご存じの通り、私はテストが大の苦手である。唯一得意な解答は「名前記入」。だから条件は「指定校推薦の中で内申点が低い私立」。

 当時の私の内申点は“16”だった。この背番号16で地元圏という内野をあっちこっち走らなくてはいけない。

 おっ! この「YK高校」内申15からだ! ここどうだろ? あっダメだ、写真の生徒がチャラい。しかも最寄り駅まで乗り換え3回の2時間半、話にならない。他の高校も似たり寄ったりでピンと来ない…。どうやら同県内に良さげな高校はないらしい。

 では隣の県まで範囲を広めてみよう。次は外野だな。さっきより大きくめくって最初に見たページ、そこの学校紹介欄にはこう書いていた。

_____

【価値のある大人ってなんだろう】

「自由」は子供を成長させる。

「自立」は大人へ成長させる。

では、大人に「自由」など必要ないのか?

いいえ、答えは「どちらも大事」。

本能と理性を兼ね揃えて「一人前」のように、
自由と自立を兼ね揃えて「一人前」だと思う。

「自由」+「自立」=『自由立』

このシンプルな方程式のように、
「自由立」を持った価値のある大人に育てたい。

これが我が学校名の歴史です。

『自由立高等学校』

~平成17年度入学生募集中~
_____

 ……不思議とピンときた。

 よし、ここにしよう。

 家から通える範囲だし、内申点も16からだから推薦も受かりそうだし、何よりもこれ以上高校探すの面倒くさい(過去の自分とはいえ書いてて途中から殴りたくなった)。

 だけどオープンスクールや文化祭など何度も通っていくうちに愛着が湧いてきて、正式にこの高校に行くことを決めた。担任と進路指導の先生に希望進学先を報告して、校長先生に土下座スライディングで推薦状を書いてもらい、つたない字と冴えない写真の願書を作って、書類審査通過の面接試験まで漕ぎ着けた。

 面接前夜の自室にて。

 あー人と喋るの苦手なのに……いやいやっ! せっかくのチャンスだ! そんなの無駄になんてできない! 噂によると、チャンスの神様は前髪しかないらしい。その成功を呼ぶ髪を掴むには躊躇わず即座に飛び込めという格言だ。グイグイと飛び込むんだな、よしイメトレしよ。

 面接会場の扉ガラガラ開けて……「だ、第一印象から決めてました!! お願いします!!」……明日早いから寝よう。

 さすがに第一印象はおふざけとして、自分がここでどのような生活を望んでいるか、そして高校卒業後にどういう延長線を結びたいか、アドリブ皆無&台本棒読みだったがトラブルなく無事に乗り切ることができた。

 まあ先ほど乗ってきた朝の行きの電車が飛び降り事故に遭遇したこと除けば…(死者はいなかったものの予定より5分ほど遅刻した)。

 後日、自由立高校から正式に合格証を頂き、晴れて4月より花の高校生になることが決まった。

 でも、その前に中学の卒業式だ。第25話でも書いたとおり、3分の1以上がボイコットした。そして密かに思いを寄せていた彼女もボイコット・サイドだった。

「ずっと好きでした」

「卒業しても会いたいです」

「私と付き合ってください」

 せめて途中まで一緒に下校したかった。

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ポルノグラフィティ
ソニー・ミュージックレコーズ
※アルバム曲『空想科学少年』収録

■□
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【あとがき】

 中学生編はここで終わりですが、次回は進路に関係ない番外編を一つ書いて、それから高校生編に入る予定なのでお付き合いよろしくお願いします。

 あと当然ですが本編に出た「自由立高校」は私が勝手に考えた実在しない架空の高校です。ポスター風の紹介文もフィクションです。高校探しと同様にブログ内ではコピーライティングもセルフなんです…。

 もちろん「自由立」なんて単語は存在しないのですが、俳句や短歌の世界には「自由律」という手法があるんだとか。

 五七五・五七五七七や季語に囚われない感情の自由な律動に重きを置いたフリーダムな句で、俳壇に大革命を起こしたと辞典に書かれている。

 そこで自由律の傑作を生んだ俳人の一人「種田山頭火」の句をいくつか。

◆お天気がよすぎる独りぼっち

◆あたたかい白い飯が在る

◆殺した虫をしみじみ見ている

 ここからは私の自由律俳句。

◆自由を通り越して前衛的である

◆前衛が分からない私は遠い目でいる

 最後にTOKIOの城島リーダー。

◆素人は黙っとれ

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 中学最後の2学期が始まった。

 少し関係ない話になるが、もし中学3年間を9学期で記した場合、今は「8学期」になる。

 さしずめ「終わりの始まりの中盤すぎ」というところか。

 この8学期には只でさえ不安定な気持ちに追い打ちを掛ける要素が溢れるほどに詰まっている気がする。仮に理由を分解したとして、それが「不な安定」なのか「不安が定」なのか分からない。それでも猶予があるから年を跨いだ本番の日よりは生半可に優しくて面倒くさい。

 そして初日から私は面倒くさい気持ちに満ちていた。国語、数学、英語、理科、社会、興味がない。興味ないんだよな。興味ないものが作業のように流れていく。そんな流れ作業の途中での技術は2学期の半分を使った課題演習で『電機製作実習』という授業だった。少し専門系らしく書いてみたが、要は技術室で簡単な電気機器を各自製作する実習である。

 今回作るのは「手回し発電ラジオ」。小さい穴が何個も開いている緑の基盤によく分からない字面のICチップら、回転させるとギュインギュイン鳴るモーター、ヘッドホン落としたときに見かける裸のスピーカー、当時まだ主流ではなかったLEDライト、それら部品から延びる針金を指定された基盤の穴に差し込んでは裏側でせっせと溶かした“はんだ”を流して固める。電子が堂々巡りするための回路を作るために週に1時間勤務の期間工になる私たちも一連の作業を堂々巡りする。

 しかもこのラジオ製作はあくまで実習であって授業ではない。ノートもエンピツもいらない。必要なのは細長いはんだの金属糸と、それを溶かす「はんだごて」という棒状のアイロン。あとはニッパー、ペンチ、ドライバー。そしてさっき述べた部品ら一式が入った先生から渡された未開封箱のラジオ製作キット。ご丁寧に薄い説明書も付いてるときた。黒板いらずだね、こりゃ先生も楽だわ。それにこのキット、デパートの中にある一店舗ではなく大きいビル丸ごとの東急ハンズで見かける『大人の工作』的な商品に近かった。

 大人の工作? ということは、この作業は大人になるための通過儀礼なのか? このラジオが出来上がった頃には私らは今よりも大人になっているのか? いやいや今は国語の時間ではない。とにもかくも目の前にあるノルマを黙ってやろう。幸いにも技術なんて図工の延長線みたいなもの、こう見えて図工は得意なのだ(図工により近い美術は壊滅的に下手だった)。

 説明書の文面は一通り読めるが、横にあるイラストの方が分かりやすい。

 まずこのパーツはこの穴に入れるのか。この電線はココとココを繋ぐのか、うわっ! こんな狭い部分にだけはんだ溶かせって絶対ムリだろ…ジュッ……おしっ! 上手くいった!!

 あれっ…これ、何というか……好き、いやそれどころじゃない。

 焦点が合った。雑音が消えた。全感覚が指先へと研ぎ澄まされていく。まるで世界が目の前の回路しか無いような、もしくは世界の“それ”に触れているような。不思議とそんな領域にまで達していた。脳科学でいう「ゾーン」に入ったのかもしれない。

 楽しい。楽しい。生きてる。

 いま自分は苦しい8学期の中を飛んでいる。

 でも良い時間は悪い時間と同等に有限である。1時間。残暑と機材熱で室内が茹だる1時間。それ以上に自分の中は茹だっていた。

「また来週お会いしましょう!」

 そんな調子が数週間も続いた結果、クラスで2番目に出来た生徒の半分の時間でラジオが完成した。

 ここからはモーターを目一杯回して作動チェック。アンテナを限界まで伸ばして……

 ギュイン

 ギュインギュイン…

 ギュインギュインギュイン……

「……だり線の激しい渋滞が続いています。東名高速道路の下り線は横浜町田インター付近を先頭に多摩川橋付近まで17キロ渋滞しています。首都高速3号線の渋谷から厚木まで1時間35分です」

 やった大成功だ!!!

 ラジオ受信した!!!

 いやまだ安心できん、LEDライトは付くか? ライト部分の覗きながらスイッチ入れた瞬間には視界に目映い閃光が散らばった。

 ああぁぁぁ!!!

 眩しぃぃぃ!!!

 でも大成功!!!

「お前うっさいぞー」

 この技術の先生にまで丸聞こえだった件に対して「あぁ…すいません」としか返しようがなかったが、抱えてる気持ちの10分の1ぐらいしか漏らしてないので差引き良しとしよう。

「おい、まだ出来てないヤツのサポートしろ」

「(うわっマジか)……えっと、それは」

「いやいらないから」

 ……差引き良しとしよう。

 この1時間のために7日間を生きた。おそらくたぶんぜったい大人になった。

 長く短い技術も終わり、校庭の葉も萎みゆく日の朝のこと。校門には見慣れない大人たちがいた。

 その大人たちは分厚い本をたくさん持っていて、校舎へと吸い込まれる生徒たちにポケットティッシュのような感覚で一人ずつ渡していた。

 さすがに頭の悪い自分でも分かる。彼らはどこか新興宗教の関係者で、あれは彼らの“教典”だ。ただでさえ億劫な朝から勧誘だなんてイヤだよ、まったく。

 そういや、この校門には現代社会を表すように監視カメラが設置されていて、職員室のモニターと直結しているはず。先生に呼び出しくらう度に見かけていたので間違いない。

 じゃあウチの教員は何故誰も止めに入らないのか? なに、忙しかったからとか気づかなかったとか粗悪な記者会見みたいな判を押した台詞で片づけるのか。分かったよ、結局は自己責任ね。よく分かりました。

 ここまでダラダラと述べたが対策手段は至ってシンプルで、つまりは受け取らず無視して教室に向かえばいいこと。

「さぁ、夢の楽園へ」

 意味が二重に被ってるだろ。お小遣いで内緒に新調した上履きに履き変えながら喉元でツッコんだ。

 今日もまた見いだせない一日が始まる。重たい教室の引き戸を開いた先には喝采が。

「人は皆、罪人なのだ…!」

「「カルマを浄化せよ…!!」」

「「「さぁ、夢の楽園へ…!!!」」」

 クラスの誰もがあの分厚い本を持っていた。たとえおふざけとはいえ感染されている。

「(…このまま学級閉鎖でもしないかな)」

 喉元でツッコんだ。

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【あとがき】

 率直に感想言うと「本当に楽しかった」。

 今までの人生の中で一番楽しかった時間だったと思います。

 ……はっ!

 こう書いたら、これからハッピーな展開ないのがバレてしまうっ!

 え?

 最初から興味ない?

 そ、そうか…。

 おじさん少し寂しいけど、そうか…。

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「おい、地獄さ行ぐんだで!」

 これは『蟹工船』(小林多喜ニ:新潮文庫)の書き出しだが、毎朝洗面所の鏡前に立つ度に向こう側から、そう言われている気がした。

 中学3年生。もうすぐ義務教育が終わる。

 勉強はできない。運動はできない。

 友達はいない。敵はたくさんいる。

 登校初日からずっと帰宅部員。

 そんな自分が学校に行く意味なんて正直に上げると二つしかなくて、昼休みに自分の机で「伏せ寝」と偽ってクラスの誰かが話す音楽とお笑いの最新情報を盗み聞きして毎日収集することと、3年越しに再び同じクラスになれた小学6年のときの初恋の人の姿を毎日見かけることしかなかった。

 そのおかげで出席日数は人並みに足りている。でも課題とプリントの提出率は完全に0%だから成績はオール『1』、以前述べたようにアスパラガス畑だった。

 ちなみに兄のバイト仲間で教職を目指す友人によると当時の義務教育マニュアル上では課題やプリントさえ提出し続ければ成績は最低でも『2』で止まるらしい(今でもそうか知らない)。

 たとえ一文字も書かれていない白紙でも名前さえ書いて提出すれば『2』が貰える。

 では『1』とは、どういう状態なのか?

『1』とは「その授業に対して妨害行為を働いている」を意味する。

 妨害行為とは、

◆授業中に罵詈雑言を行う
◆授業中に暴力行為を行う
◆授業中に飲酒喫煙を行う

 要するに犯罪に値する行為を働いたと教師にみなされたのだ。

 教育マニュアル上では「プリント未提出」は授業を

◆円滑に進める上で妨害した
◆その教師に暴力行為をした

とカウントされるようだ(普段こっちが暴力受けている側なのに)。

 その友人さんに私の成績表を伝えると、

「弟くん少年院上がりなの!?」

 もちろん違う。でも成績表での私はそうなるらしい。

「とにかく名前だけでも書かせて提出させろ!!」

と友人さんは兄に厳重忠告したが、

「もうあいつがどうなろうが知らね」

と兄は冷めて返した。こういう会話があったことを友人さん→友人の母親→ウチの母親経由で一連のことを間もなく私も聞かされた。

 中学3年生。もうすぐ義務教育が終わる。

 ほとんどの人はどこか高校に進学するが、心の底から勉強を恨み憎んでいる私にとって高校は地獄からの延長線でしかなくて、端から進学なんて考えていなかった。かといって就職も考えてなかった。勉強したくない。働きたくない。命令されたくない。とにかく今は何にも考えたくない。

 でも家族からしたら迷惑極まりない事態。何でもいいから行動を起こしてほしい。

 勉強は明らかに向いていないから就職させよう。

中学3年の担任である山本久美子先生(女子体育)の意見は、

「ちゅ、中卒で就職!? 失礼ですが今21世紀ですよ…?」

 世界有数の先進国の雇用条件は文明開化と共にハイテク化されているようだ。

 こんな問題校だけど高校の進学率100%を10年以上キープしているらしい(少なくとも担任が赴任された10年間は)。

 ウチの学区内には『TNT高校』という公立高校があるのだが、ここは実写版:鈴蘭高校(漫画『クローズ』シリーズの舞台である極悪不良校)、つまり学区有数の不良が集まる悪い意味のエリート校で、成績の悪い生徒は事実上そこに島送りされる。

 だいたいの生徒はそれを恐れるため、たとえ大学合格率そんな高くない普通校でも受験なり推薦なり何かしら死に物狂いして掴み取る。

 中学2年後半辺りから平凡生徒同士の争いやイジメが過激化するのも原因のほとんどがこの関係ゆえ、たぶん。

 おかげで中学3年半ばの教室は4分の1が空席だった。

「受験の関係で欠席してる」と言えばそうだが、半年後の卒業式で3分の1以上がボイコットした時点でそうじゃない気もした。

 このシーンの下りはこれだけなので半年ほど時計を戻す。

「あんたねぇ、このままだとああいう所に行くことになるんだよ?」

 晩ご飯中に見ていた『ごくせん(シーズン1)』指しながら母は必死に必死に必死に訴えてるのだが、ごくせんに出てくる不良は基本良い奴揃いなので、「(ちょっと反面材料には良くないな)」と盛りつけの嫌いなレタス噛みながら思った。

 TNT高校は何が何でも避けたい。そう思うお母さん、安心してほしい。

 1学期までの成績により「TNT高には内申点足りないから無理」と進路指導から最終通告されたから。引き算さえできれば入れる学校なんて、3+4を指で数える私には合わなかったのだ。

「あんた本当にどうするの?」

「知らない(鋼の錬金術師を読みながら)」

「知らないじゃ済まされないんだよ?」

「知らない(しつこいな…)」

「ねぇ、ちょっとは真剣に考えてよ!」

「うるせぇな! こっちは今真剣に読んでいて余計なこと考えたくないんだ!」

「何にも考えたくないんならマグロ漁船にでも乗りなさい!!」

「はいはい分かった、乗ればいいんだろ。でもな、ただじゃ乗らないぞ。現場監督の目を盗んで、何にもない遠い海に身投げして、その漁船に汚名というオレの名を残したるわハハハ!!」

 数ヶ月後の夏休み。

 がたいのいい大人がたくさんいるここは「あんたに見せたいワクワクイベントあるんだけど?」と連れられた先の公民館で行われたマグロ漁船の説明会。

「(……あれマジだったのか)」

「この子、漁船に乗せたいのですが…」

 どうも見た目通りにガラが悪いスタッフは私を見て言った。

「は? こんな鶏ガラを? どっからどう見ても向いてないやろ。ヤやわぁ~ウチも舐められたもんやなぁ~お母さん悪いがコイツ雇えん。帰った帰った」

 まさかのマグロ漁船も向いていない。今はともかく私たち家族いなくなったら、この子どうやって過ごすの。

 帰り道の落ち込んだ母の横で私も同様に落ち込んでいた。

「くそっ…音楽プレーヤー電池切れかよ…」

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新潮社
1953-06-30

【あとがき】

 まず今回登場する担任の「山本久美子」も仮名です。

 名の由来は文中にも出てきた『ごくせん』の担任「山口久美子(ヤンクミ)」をもじりました。

 いちいち説明いらないと思うかもしれませんがエッセイを書く以上、場面によって経緯と理由は鮮明にする必要あるので…。

 このブログに出てくる名前は偉人以外基本仮名ですのであしからず。

 本編ではコミカル(もしくは悪ノリ)に書いてますが、ただでさえ不安な進路問題含め、この時期の出来事は心身蝕むというか露骨に将来が現れる重大な分岐点期でした。

 でも、もし漁船に乗ってたら今どうなってたんだろ…。

 それこそ「俺ア、キット殺されるべよ。」と『蟹工船』にある台詞(P.117)みたいなこと言うのかな。

 自分の性格上、どうせ航海初日に器具で引っ張る網か釣り糸が指に絡まり、スパンと持ってかれて、「わぁ~お手てがミトンになった~!」とでもほざくんでしょうね。ふざけてますね、やっぱり身投げします。(ダメ。ゼッタイ。)

 ……話題変えましょう。

 母の友人の友人の友人の旦那さんが昔このTNT高校で教員してたのですが、ある事情により辞めました。

 生徒たちから鉄パイプで背中打たれて悪いことに下半身不随になってしまい、自主退任として学校を去りました。そういう所です。もう「学ぶ校舎」じゃねぇ…。

 その旦那さんが今何をしているか知らないけど、たぶん車イスで今もどこかで何かをしているわけで、その何かが誰かのプラスだったら良いなと知ってる人と知らない人の共通項『空』に向かって思いを馳せてみる。

 あの雲、ソフトクリームみたい。

 あっ溶けていってる!

 いや違う…ゲリラ豪雨だ!!

 ヤバっ洗濯物取り込まないと!!!

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 正直に言って今もなのだが、当時の私は流行に大変疎い傾向にあった。

 特にひどかったのが「音楽」。

 ただでさえ聞き取るのが困難な言語障害にとってイージーリスニングは全然イージーではなく、むしろ不快の何物でもなかったから大嫌いであった。

 音を楽しむで『音楽』の授業も

「音程合ってないぞ!」

「早く歌詞暗記しろ!」

「リコーダーどの指押さえてんだ!」

 まったく楽しくない…。

 最終的に「ド」だけ安定的に出せるようになって卒業した(ついでに逆上がりは最後まで出来ずに卒業した)。

 結局世の中で一番美しい音は『無音』なのだ。何も聞き取る必要がない。無音こそ一番安心する。そう思いなが部屋で寝転がって音が出てこない漫画を読んでいた。

 ちなみに、この時ハマって読んでいたのが『鋼の錬金術師』だった。いまさら説明の必要もないダークファンタジーの金字塔的作品! 主人公エルリック兄弟の格好良さは異常だし仲間や敵キャラたちも大変個性的で魅力的! 義手・義肢の機械鎧(オートメタル)がカッコいい! 内部の歯車に満ちた機械カッコいい!!(この感性が後の人生に大きな影響を与える)

 この作品がお茶の間で流行っているなんて露知らず、どっぷりとハガレンの世界に染まっていた。そうなるとアニメだってチェックしたい、録画したハガレンを見てみた。何と原作と違うオリジナルストーリーだった。これは先が読めないから視線を外せない…! それとオープニングに流れる曲、なんか良いな。えっと、ポルノグラフィティの『メリッサ』と言うのか。覚えとこ……あれ? このグループ、日曜の晩ご飯のときに見てるドラマ『末っ子長男姉三人』の主題歌を歌ってるグループじゃないか! あの曲も割と耳心地良いんだよなぁ(この時に流れていた曲は『愛が呼ぶほうへ』)。

 それから何回も聴き重ねるうちに、どっぷりとポルノグラフィティのファンになった。

 生まれて初めてTSUTAYAで借りたCDはポルノグラフィティのベストアルバム『PORNO GRAFFITI BEST RED'S』『PORNO GRAFFITI BEST BLUE'S』だった。

 これを誕生日に買ってもらった256MBのMP3プレイヤーに入れて、広いベッドの下で音のない森からアポロが渦巻いて月に飛び立ったと答えたアゲハ蝶の天使が自分だと、ディランによるリスナーへの答えは幸せとはそばにいる狼が白い羽を欲しがる彼女を後ろから抱きしめることだと、天井に描いたジレンマな星空の下でサボテンと仰向けに寝転がる計算嫌いは色褪せたギターで何かに例えたいと本気出して考えてみた。(※歪んだファンが書いた超訳解釈なので悪しからず)

 生まれて初めてTSUTAYAで買ったCDはポルノグラフィティの『シスター』だった。収録されたB面2曲は今でも感動を与えてくれる。

 ただポルノグラフィティの『シスター』というと100%ヘンな意味に勘違いされそうなので、こういう質問には3枚目に買った『ネオメロドラマティック』だと答えている(ちなみに2枚目は『黄昏ロマンス』で、昔のピンク映画にありそうだから同様に隠す)。

 これが私にとって中学後半期の青春だった。

 特に語る仲間もいないから、『20世紀少年』の秘密基地で一人FEN放送でロックと世界を知るケンヂの心境が自分なりに少し淋しく分かった。

 一方、校則でプレイヤーを持ってこれない学校のある日のこと。

 とある英語の授業で先生からのインタビューに答える課題があった。

 インタビューといってもそんな堅苦しいものではなく、廊下にいる先生の元に生徒が一人ずつ交代で出席番号順に行き、先生から英語の質問一つだけ聞かれて答えるシンプルなものだった。

 ちなみに先生から聞かれる質問は黒板にもう書かれてる。

 このときの課題は、

「What is your favorite things?」
(あなたの好きなものはなんですか?)

 文章の意味はクラスの周りの会話から何となく読み取れた。

 ただ問題は返答だ…。

 オレの今好きなもの…音楽だな!

 どうやら先に済んだ人たちの話によると「アイ ライク ○○」と答えれば良いらしい。つまり私の返答は「アイ ライク (音楽)」だな。

 なんだ、簡単じゃないか。

 呼ばれた後の先生と私の二者しかいないこの静かな別空間で、あの質問がきた。

「What is your favorite things?」

「アイ ライク ポルノグラフィティ!」

 このとき先生の顔が歪んだのは言うまでもない。しかし自信も持って答えた私からしたら予想外だった。

 先生は眉間にシワ寄せながら何か英語で言ってきた(このインタビューは日本語禁止だからなのか意味が全く伝わってこない)。

 ただ力強く出してる先生の人差し指から「もう一度言いなさい」と言っているのだなと察して、責める先生をジェスチャーで落ち着かせて「アイ」「ライク」「ポルノ」「グラフィティ」と英国紳士級に丁寧な返答をしてあげた。

 こいつ「ポルノ」の意味が分かっていない。先生の身になった方々、そう思うだろう。実は「グラフィティ」の意味も分かっていなかった。

 この学期の成績表の英語欄には裏を突き破るのいう勢いでエグめにヘコんだ『1』があった。あの先生、筆圧強いんだな。若い女性なのに。

 この『1』に込められた意味に気づいたのは、中学卒業後に英語翻訳サイトで「ポルノグラフィティってどういう意味だろ?」とCDジャケットに書いてあるスペルをそのままキーボードで打ち込んで、そして翻訳された直後だった。

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PORNO GRAFFITTI BEST BLUE’S
ポルノグラフィティ
SME Records

ポルノグラフィティ
SME Records

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【あとがき】

 英語だった佐藤先生、あの時は本当に申し訳ありませんでした。

 ハガレンとポルノのくだりにおいては時期あたりで言うと中2後半~中3前半で本編と実際の出来事に少しズレがあります。

 本来なら時系列で執筆した方が良いのですが、なにぶん「岡崎に捧ぐ」みたいに書けなくて…。

 何が言いたいかというと「岡崎に捧ぐ」すごく好きです!

 作者の山本さほさんと世代近いから小ネタの共感度がすごいです…!

 あのように自分の好きをありのままにエッセイで書けたら、どれだけ毎日が楽しくなるのだろう。

 あのように書けるようになりたい。

 書くことを続けたら、ブログを続けたら、いつかたどり着くのかな。

 何だろ、全然見える気がしない…。

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 7歳上の私の兄は元々勉強ができなかった。

 小さい頃から大変病弱だったから外で遊ぶのが苦手で、それに加えて気も大変弱くて泣き虫だった。

 NHKの『みんなのうた』で流れる「まっくら森の歌」「サラマンダー」「メトロポリタンミュージアム」が怖い怖いと泣き出したり、『まんが日本昔ばなし』のオープニングに出てくる龍に乗った男の子のアニメも何故か怖がっていて、毎週テーブルの下に隠れてお話を見ていた。

 でも特撮やアニメのヒーロー物は大好きで、毎年発売される特撮ヒーローグッズは必ずコンプリートし、歴代超合金ロボット、ゾイド(ほぼ全種)、初代トランスフォーマー全種(コンボイ世代)、キン肉マン消しゴム全種(家計に影響与えてまで集めた)、ビックリマンシール全種(スーパーゼウスやヘッドロココも含む)、SDガンダム外伝プラモデル&カードダス全種、母と兄と小さい私で観に行った『機動戦士SDガンダムまつり(1993年公開)』のパンフレットとサントラCD「機動戦士SDガンダム音搦大歌合」(今でも持っている)、発売日に買ったのドラゴンクエスト3、ドラクエ3攻略本、ダイの大冒険全巻(初版)、ロトの紋章(初版)、魔法陣グルグル数巻(初版)、もちろん上記のアニメはリアルタイムで全チェック!(特にドラゴンボール、キン肉マン、聖闘士星矢はスゴかったと聞いた)

 そして収集癖が強かった兄のコレクションは年齢を重ねて、そして一気に処分しました。

 それから十数年後、あのコレクションたちは現在ではサラリーマン年収分の価値があると知り、「我が家の黒歴史」として未だに後悔している(誰がオモチャを高額取引すると考えた)。

 このように幼少期の兄は大変「マンガ脳」で中学生になっても小学生レベルの漢字や計算も知らず、読書感想文に渡された「エルマーの大冒険」は文字が多い! と泣き出す始末。超劣等な私に負けない超劣等学生だった(ドラクエに出るという理由で「新聞」は読めないのに「召喚」は読めていた)。

 しかも根っからの弱虫なので小中学校ではいじめられっ子の象徴として連日ターゲットとして狙われていた。

 さらに中学の担任からも「おたくのお子さん、本当どうしようもないっすね」と三者面談で半笑いに吐き捨てられる事態まで陥った。ちなみに兄とは同じ中学校で腐った学校の担任も同じく腐っていた。

 これではさすがにマズいか。母はそう思い、中2の兄を隣駅にある中堅の小さい塾に入れた。

 初回にやった学力診断テストの結果は点数ではなく「お子さん、何か重い病気で最近まで長期入院してたのですか…?」という異例の電話質疑で家に来た。だが幸運な事に兄とその塾の相性がとても良かったのか、数週間後には兄は「学ぶ楽しさ」に浸っていた。

 それからはグングンと成績が上がっていき、1年半後には担任が鼻で笑っていた第一志望だった全国でも三本の指に入るW大学付属高校に見事合格した。「ビリギャル」よりも8年早いサクセスストーリーである(だからといって取材されることはなかった)。

 そして担任は「いやぁ~我が校が誇る生徒ですから~!」といとも簡単に寝返った。心底腐っているからこそプライドが簡単に捨てられるのだ。

 それから4年後。私13歳。兄20歳。

 高校で優秀な成績を修めた文系志望の兄は、内部進学で全国の私立文系でも最高峰であるW大学の政治経済学部政治学科に入学した。

 そして単位は相変わらず『優』秀のまま。

 さらに高校時代から英語とドイツ語が大変堪能で、世界中から有能な学生を招待留学するドイツ政府主催による企画で日本代表の招待留学生の一人としてドイツに半年間在住し、それとは別に1ヶ月間かけてヨーロッパ横断する旅行をした。

 中学時代から趣味でやっていた将棋も通いつめた将棋会館では『三段』以上の好成績を残して、日本将棋連盟からも一目置かれており、部活・サークルでは主将として全国大会で腕を鳴らしていた。

 一方バイトでは全国展開を広げる某大手個別指導塾で優しい人気の先生として生徒から熱く支持されていた。

 そんな兄が私の勉強しないスタンスに見かねて、夏休みに夏期特別集中授業として私の勉強を見てくれることになった。

 SSランクの大学で首席に近い成績を取って、大手個別塾で人気の先生とマンツーマンの授業が破格の0円!!!

 こんなロイヤルストレートフラッシュ級のほとんど奇跡に近いような学習環境に対して、当時の私はこう思った。

「頼んでもねぇのに迷惑な…」

 ニヒリズムは思春期の通過儀礼。だけども勉強批判に関してはドグマが強すぎた。感謝を抱けないものに頭を下げるぐらいなら、この家を出たほうがマシだった。そして、そのまま野垂れ死になっても本望であった。けれど、現実はペン立てにあるカッターの刃すら出す行動力もないから、しぶしぶ授業を受けた。

◆まずは読解以前に小学漢字も危うい『国語』

「『親』という字はエピソードがあって、親とは『木の上で立って見守る』存在であれ! という先人の教えから生まれたんだよ」

「…たかが漢字一つ覚えるのに何でクソ長い話覚えなきゃいけないの?」

「……」

◆数学よりも先に基礎を固めよう『算数』

「細かい計算をラクにする九九を覚えよう! まずは『1の段』言ってみて!」

「1の段」

「いやいや、そうじゃなくて…九九を言うんだよ?」

「九九」

「……」

◆ヘミングウェイとチャンドラーは原文で楽しむ兄による『英語』

「英語は世界で最も主語と動詞を重んじる言語なんだ。だからまず主語の行動を読み抜くことから英語は始まるんだよ」

「はいはい、しゅごいしゅごい(笑)」

「……」

◆大学で「マスメディアの政治的影響力と決定要因」を研究している大学生の『社会科』

「世界地図は見た目以上に面白いぞ! その国が過去に行った政治と戦争、つまり『歴史の結果』が『国境の形』として記されてるんだ」

「見て見て! エロマンガ島だって!(笑)」

「……」

◆5科目の中で唯一の専門外『理科』

「ごめんね、兄ちゃん文系だから教えれるかどうか…」

「じゃあ教えない方が良いんじゃない?」

「……」

 それから半月後、母はリビングで新聞を読んでいる兄に言った。

「あんた、綿飴の勉強みるんじゃなかったの?」

「あいつダメだわ。勉強するしない以前に知識に興味なさすぎるし、明らかに軽蔑した目で茶化してくる。たとえ成績低くても、まだウチの生徒の方が好奇心あるよ」

「そお……」

 それ以降、兄は私の勉強関係についてアドバイスすることはなかった。

 あまりに私が剥き出しだったから。

 何も言わくなった兄に純粋に喜んだから。

 もちろん勉強以外なら会話はある。

 ただ近々就活を控えた大隈重信とテレビゲームに夢中なヒトラーの会話なんて「兄ちゃん、晩ご飯できた」ぐらいしかなかった。

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伊藤敏雄
主婦の友社
2018-02-26

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【あとがき】

 以上、私のことが嫌いになる記事でした。

 自分で書いていても過去の自分を殴りたくなったが、過去の自分から見れば「つまらない大人」へと洗脳された姿に失望し、恥ずかしくもなく醜態さらす私を袋叩きにすると思います。

 バイオレンス VS バイオレンス

 世界一醜い戦争ですね。

 ちなみにエロマンガ島(Erromango Island)は南太平洋に浮かぶバヌアツ共和国(オーストラリアの右隣)のニューヘブリディース諸島の一つでタフェア州最大の火山島である。グーグルマップなど最近の地図ではイロマンゴ島と表記されているらしいので探すときは注意してほしい。

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 中学3年間を振り返っても、この「1年2組」が最悪だった。

 前話も書いたとおり、ここは柵も檻もない動物園。そして気になるのがその数だ。多い、多すぎる。男子だけでもクラスの2割はいる。女子だけだとクラスの1割。黒髪だけど雰囲気的にそっち系の男子と女子を含めると確実に5割は超えて6,7割はいた。細かい計算は苦手だが、直感で多すぎることには気づけていた。他のクラスもこうなのか、校内散策を兼ねて様子を見てみましたが、どのクラスにも必ず不良はいるけれど、いわゆる「平均値」で男女を合わせてクラスの2,3割という感じだった。

 そして毎日昼休みになる度に全6組の不良たちが私のいる2組に集合するので、映画館行かずとも車と正義のないマッドマックスが五感で体験できた(もちろん作中の時間軸は2002年なので1979年版のイメージ)。学級オメラスから学級マッドマックス。治安すらなくなった。そして荒れた教室の隅にいるネズミどころかミミズの私は、やはり餌食になった。

 私の座る机を数人でニヤニヤ囲んで「1000円やるから死んで?」というライトなやつから、体育の校庭マラソンでクラスで一番足が遅い私がゴールしたと同時に体力と水分が消耗した状態で押し倒され、口の中に校庭の砂を溢れるぐらい口の中に入れられるというヘビーなやつまで。

 正直に言うと書いただけで息が苦しい。

 あと、このときは上履きを家に持って帰らなかった。理由は上履きの至る所に下品な落書きされたからだ。こんなの持って帰ったら絶対家族に何か言われる。もうこれ以上、面倒くさいことに巻き込まれたくない。結局、上履きは一年を通して下駄箱に住み続けた。

 その結果、家で洗うことができないので落書き以外の部分は真っ黒に汚れて悪臭も膨れ、さらに成長期真っ盛りだった足先は月日を重ねる毎に指先を圧迫してしまい、とうとう爪先の覆うゴム部分を突き破った。そして白い靴下に覆われて飛び出た指の骨格は「纏足(てんそく)」みたいに前のめり気味に折れ曲がってしまった。纏足は歩きづらいから自動的に猫背にもなった。上履きの指先部分は破れているので歩く度にカスタネットみたいに上下から空気を割って、愉快にもパカパカと鳴っていた。

 相変わらず遠くは見えないし言葉も言い返せない。幼少からのアトピーの痕が制服の保護区外に露出していった。これが中学1年の私の姿。ピエロにも程がある。

 話が少し戻るが、先ほど「下品な落書き」と書いた通り、とにかく落書きの内容が下品だった。バカとか死ねとか暴言も書かれたけれど、なぜか圧倒的に男性器の絵が多かった。

 中学生だから少なからず性に興味あるとしても、女性の胸とか尻とか性器とかが一切なく、小さいやつから大きいやつ、大変リアルな包茎、勃起、自慰、射精……そういうのが8割以上を占めていた。

 最初は「そういう嫌がらせか」と黙って受け流していたが、数日後、体操着に着替えてた途中のこと。後ろから誰かにジャージのズボンをストンッ! と引きずり落とされた。

 うん、まぁ、これ自体は中学生の間ではよくある遊び。それほど慌てることはn(次はパンツを引きずり落とされた)…うわぁぁぁぁ?!!!(と叫ぶ前に私の男性器が強く握りながら引きずり落とされた)いっってっぇええ!!!!!(一瞬ちぎれたかと思ったぐらいの力で引っ張られた)

 この数秒間で自分の身に起こったことが整理できず、教室が大爆笑の中を急いでズボンとパンツ上げて、痛い股間を押さえながら黙って地べたに座り込んだ。

「(何だよ…)」

 視線の先には例の不良たちが私の性器触っただの引いただのワーキャー騒いでいた。

「(何なんだよコイツら…)」

 とにかく出た冷や汗が凄まじかった。

 それからまた数日が経って、国語の自習時間が図書室で読書だったとき、座っていた長机の端で不良たちが団子状に集まって、何かの本をマジマジと見ていた。

 何をあんな真剣に見ているんだろう…。

 止めればいいのに本棚に移動するついでにバレないよう彼らの隙間をこっそりと後ろから覗いた。それは人体図鑑で開いていたページの図には鮮明な「男性器」が描かれていた。こういうのって何というか、女性のページ見るものじゃ…?
「なぁ これデカくね? すっげぇデカくね!?」と、誰も後ろにいる私に気づかないぐらい全員が興奮気味に食いついて見ていた。

「(チ〇コで盛り上がるって小学生かよ)」

 そう思いながら座っていた席にひっそりと戻った。この時もだし、最初から気づくべきだった。彼らに薔薇が咲き始めていたことを。またその薔薇には血を出すほどの棘があることも。

 そういえば担任の話を書いていなかったが、1年2組の担任は「矢板保」という男性の理科教師だった。矢板先生は長渕剛の大ファンで、教室の壁にコンサートタオルを飾るぐらい熱狂的だった。授業のヒマさえあれば長渕剛の武勇伝を語っていた。良くも良い人だったが、悪くもそれだけだった。

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坂井建雄
成美堂出版

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【あとがき】

 誰よりも足が遅かった理由の一つに纏足だったのも少しあります。

 それから家族に足がバレた先の成長期はできるだけサンダルや大きめの靴などを履き、纏足気味だった足指は普通に前に伸ばせるまでに戻せました。

 ただ、それでもベースとなる骨格は残っいてるのか、足の指でグーをやると今でも皮膚を突き破りそうなほど中の骨が飛び出てきます。

 問題の上履きですが、その後どうしたのか全く覚えていません。もしかしたら部屋のどこかに残ってるかもしれないし、無意識でどこか道端に捨てたかもしれない。どの道にしろ再会したくない。

 当時の別の日の下校途中、私の歩く前に同じ方向に進むウチの制服着た女子生徒2人が並んでいました。

 仲良く手を繋いでいたのですが、何だか手のシルエットが不自然で…目の悪い私でも分かるぐらいの「恋人つなぎ」の形をしていました。

 自分男だから分からないんですが、仲良い女子同士って一般的にそういうものなんでしょうか…?

 とにかくウチの学校の同性グループは仲が良いんです。若干スキンシップが激しいんです。怪しい意味は…知りません。

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 2002年4月。10年に及んだリハビリがなくなった。

 そして12歳の私は中学生になった。

『20世紀生まれ。21世紀育ち。』

 少し前ならカッコ良く感じた肩書きも、実際は地球上にいるほとんどの人が該当する本当にありふれたものへとなり下がった。昔のSF作家たちが思い描いたほど未来は進化しなかったし、時を重ねる毎に『F』が強調される展開になった。当初の予定では1年前には猿が骨投げちゃうような宇宙の旅もできたはずだったし、1年後には山手線上空には鉄腕少年が空を飛んでいるはずだった。けれど公約通り実現してるのは過去40年間に公約したFの強いテレビの中だけ。

「夢ある“ファンタジー”」は、「単なる“フィクション”」へ。

 なんとも情けない未来だ。

 こうなったら次のFに期待しよう。

「藤子・F・不二夫」の『F』だ。

 当初では2112年9月3日にマツシバロボット工場に落雷した衝撃でネジ一本外れたネコ型ロボットが『ドラえもん』と名乗る予定だ。それまで110年の猶予がある。さすがに叶えているだろう。それまではこの前買ったゲームボーイアドバンスでちょっとばかり未来とやらを味わおうではないか。

 うわっ! 何だこれは! 画面メッチャ綺麗じゃないか…!(当時ゲームボーイカラーを持ってなかったのでゲームボーイポケットからの躍進は掌の中が産業革命に匹敵した)

 うわっ! 気がついたら8時過ぎてるじゃないか!?

 登校初日なのに何で誰も注意しなかったんだ。めざましテレビどころか朝ドラも終わっちゃってるじゃないか…(現在の時間を知るのはここから5秒後)。

 私が通う中学校は学区内の小学校4校が集まる地元で有名な市立中学校だった。

 理論上4倍の生徒が在籍してるはずですが、約30人の小学3組だったのが約40人の中学6組と多少の中学受験者を差し引いても少子化の風をひしひしと実感する中で、突然だが私の代から「ゆとり教育」という国家的プロジェクト実行された。

 いわゆる「ゆとり世代」の始まりだ。

「オリジナル・ゆとり・ジェネシス」だ。

 そして砂浜に書いたこのプロジェクト名は、押し寄せた波と一緒に跡形もなく消え去った。戦争を知らない子供たちは数十年後、責任を知らない大人たちに成長した。責任を知らない点で言えば「団塊」と「ゆとり」は似ている。実は団塊=オリジナル・ゆとり・ジェネシスなのか?(これ以上書いたら色々と怒られそうなので止める)

 童謡『一年生になったら』にもあるように、この中学校には友達400人の可能性がある。

 小学校で友達出来なかった私にもチャンスがある。

 今日から「普通の学生」になるのだ。

 私のクラスは今目の前にある2組。

 さぁ、過去の失敗とおさらばして中学デビュー!

 横スライドの扉を抜けると、そこは三泊眼・眉無し・染髪たちの檻のない動物園であった。

 この時点で失敗したと確信した。

 先ほど書き忘れたが、ウチの中学校は過去に暴力行為などで一部有名な問題校で、殺人を除けばほとんどやっているのでは? というような学校だった。

 飲酒喫煙はまだかわいい方で、過去最悪のときは、いじめられっ子→

①→を正座させて輪で囲み一人一回ずつ顔面ローキックをする(その子は顔面複雑骨折で元の顔には戻らなかった)。

②→を後ろからシャツ下にカッターを入れて腹部を裂く(そのとき居合わせた先生が捕まえようとしたら先生の手首を切って逃亡)。

③→の顔を押さえつけて鼻にカップ酒を流し込んで急性アルコール中毒を起こさせる(奇跡的に助かったのだが、未成年ということもあり大人以上に酷い後遺症が残った)。

④→の名義で隣市のソープランドに通っているのが警察の摘発により発覚(そもそも何で通えたかの理由の一つに、このソープランドのオーナーがこの学校のOBという噂)。

 以上の他にも数々の問題を起こしているのだが、あまり書きすぎても色々と揉めるので、いかに危険なのかだけでも察してほしい。

 さすがにここまでではないが、私も追々被害を受けることになる(それはまた別の話)。

 ちなみにウチの学校の教室は基本的に天井や壁が茶色い。歴代先輩たちの喫煙によりヤニが染み着いて取れないのだ。

 私はこの学校が嫌いだった。

 そしてそれ以上に勉強が嫌いだった。

「分からないものは分からない」

「分からないものをやっても不快感しか残らない」

Q「ここでこうやったらこうなるだろ?」
A「いや知らないよ」

 そんな理由で勉強もせず漫画ばかり読んでいた。この時ハマっていたのが『20世紀少年』。

 あらすじをすごく雑に書くと……世界征服を企むオカルト教団を阻止するサスペンス要素強めの本格科学冒険漫画(3部作に渡る映画化により世間的にも有名になった)。その第5集の現代編(2000年12月31日)にて教祖“ともだち”は東京に巨大ロボットを襲来させ、東京を含め世界各国でウィルステロを起こし、この世の終わりの危機に陥る場面を読んでいた。

 そのとき、横から家族に「勉強しろ、進路どうするんだ」と小さいときからお馴染みの説教が始まった。しかも飽きずに毎日毎日しつこく言ってくる上に、頼んでもいないのに一方的に圧力をかけて怒鳴る先生と、人だと思っていない言動で私を蔑む野郎しかいない学校を恨み、以前から学歴至上主義のこの社会にも強い怒りを抱いていた私は込めて言った。

「オレ、中学でたら“ともだち”みたいな教団入って、こいつらみたいにテロ起こすから勉強いらね」

 そして家族はこう言い返した。

「あのねぇ…こういう新興教団のトップや幹部は全員国立大や難関私立を卒業したエリートしかいないの。現にオウム幹部のほとんどが東大・京大・早慶出身だし、地下鉄でサリン入れた袋破った犯人たちは日本有数の心臓外科医と早稲田を主席で卒業したノーベル賞に近い研究生だったし、そのサリン作った主犯も筑波大の優秀な院生で将来教授候補だったの。むしろ学校や会社よりもエグい学歴社会なのよ? あんたみたいな無能中卒入っても足引っ張るゴミクズで捨てられるわ。まぁ、あんたがそういう人生で大満足なら勝手にしなさい」

 私は何も言い返せなかった。

 学歴社会を倒す団体が学歴社会…どこ行っても学歴学歴学歴学歴……誰もが口を開けば学歴学歴学歴学歴学歴………あぁぁぁぁもう腐ってやがる!!!!!

 持っていた20世紀少年第5集を壁に投げ捨て、晩ご飯をストライキして布団でふて寝してシクシク泣いていた。

「くそっ…くそっ…みんな腐ったミカンだ…」

 風や雷を操らない方向で中二病ど真ん中だった。

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浦沢直樹
小学館
2016-01-29

【あとがき】

 たとえば一時ネットで話題になった2015年当初の予定(フィクションの出来事)では、

◆碇シンジが上京し、その際に第3使徒サキエルが東京襲来(新世紀エヴァンゲリオン)

◆1985年からデロリアン来航(バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2)

◆万国博覧会開会式にてローマ法王暗殺を“ともだち”がかばって救出(20世紀少年)

◆その後“ともだち”は生死の中を復活し、聖母降臨として西暦が終了して来年より『ともだち暦』開始(20世紀少年)

 この公約を実現したのは、やはりFの強いテレビの中だけでした。

 また今回執筆するにあたり久しぶりにウチの中学校を検索かけてみたら数年前に在校生がSNSの書き込みで万引きを自慢して補導されてました。時代と共にカッターはバカッターに変わったか。

 そして本編でしつこく書いたように当時の私は勉強が嫌いすぎて荒れてますが、実際は内弁慶のビビりヘタレ糞野郎なので傘で突いても噛みつきません。そして現在も相変わらず勉強は得意ではないですが知らないことがあれば素直に勉強しています。というより昔みたいに嫌いなことを頑なに跳ね返す気力が弱くなったというか勉強より疲れるようになりました。老化でしょうか、老化かもね、老化だな…。

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