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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

2018年07月

 散る桜が積る雪を解かす頃、2年間お世話になった先輩たちの卒業式ではなむけを贈ったわずか数日後、私らは春休みを利用した修学旅行へと飛んだ。

 よそは知らないがウチの学校では受験や就活で忙しくなる3年生直前、最後の長期休暇にグダグダ家にいるより遠い地で良い思い出残そうじゃないか! ということで修学旅行プランが組み込まれている(本当にそうなのかしらないが)。

 ついでに今年のプランは飛行機に乗って沖縄で4泊5日過ごす予定だ。以前から沖縄の青い空と海に凄く凄く憧れていた私にとって、利害(?)一致の最高な旅行となった。

 当日、集合場所の羽田空港ロビーで皆がボストンバックやトランクを使っている中、お古の林間サックで来てしまったことを除けば…。

 わずか2時間半のフライトで那覇空港に降り着いた飛行機の中は片窓から見える遠くで挟まれた綺麗な水平線に「こんな所まで来ちゃった」と大盛り上がりだった。空港を出た後は先生と生徒一同で沖縄名物ソーキソバを昼食に美味しく頂いて、前半2泊するホテルに向かって大型バスが走った。

 実はこの5日間に巡る観光予定地は地図上でも島の端から端までバラバラで、前半2泊+後半2泊と別のホテルで分けて“沖縄”を堪能する豪華プランとなっている。

 前半は、いわゆる定番の修学旅行で世界遺産の首里城で琉球の美しさを知って、ひめゆりの塔と平和祈念資料館で戦争の愚かさを学んだ。

“事なかれ主義”

 防空とは呼べない壕から発見されたボロボロにやられた学用品の展示物を見て、戦争と平和について考えなくてはいけないと、その責任を持つ年齢が今も近づいていると、大人になることの重大さが少しずつ襲ってきた。

 これを書いている大人の私から助言しよう。安心しろ、そう考えている今のお前の方が何十倍もしっかりしている。現に次の日、お前は憧れの沖縄の青い海でシュノーケリングしたときにはもう傷心を忘れているぞ。あと興奮しすぎて水中で過呼吸を起こしかけるぞ。今思うとよくもまあ溺れなかった…。

 良い思い出の上書きは次のホテルに持っていって修学旅行も後半に突入した。

 後半はレジャーがメインで、各グループが小船に乗って離れ小島に行き、自然豊かな島をサイクリングで散策したり、日本一有名な水族館『美ら海水族館』に出かけるプランになっていた。

 最高すぎる!

 移動バスの中で再確認した私は顔には出さないがニヤニヤしていた。だが、そう簡単にはいかなかった。

 一夜が明けて朝食が始まる直前、事件は起こった。参加した生徒の約3分の1以上がインフルエンザを発症した。旅先で急に集団感染が起こったのだ、信じられないが。ボヤくほどの元気がある私は言うまでもなく感染していなかった。

 とにかく感染者を除いて生徒は各部屋で待機となった。昼過ぎまでおよんだ先生たちの緊急審議の結果、離れ小島のサイクリングは中止にとなった。

 うぅ…私のアイランドが…(違う)。

 結局ホテルの一室で丸一日過ごすことになった。

 もったいねぇ…もったいねぇ…。

 地べたに敷いた布団の中で恨んだ。

 当初の予定では次の日は、午前から美ら海水族館に行くことになっている。ワイな、生のジンベイザメ見たいんや…。沖縄で関西弁を漏らす関東育ち、アイデンティティも危うくなった。いよいよヤバいので寝て落ち着こう。

 またも昼過ぎまで掛かった緊急審議の結果、未感染者でかつ希望者だけ美ら海水族館に行けることになった。

 もちろん即座に参加を志願した。

 ただ問題は現時点で午後2時を過ぎている所だ。

 ホテルから水族館までバスで約1時間、帰りも加えて往復約2時間。ただでさえ人気スポットな上に、明日には沖縄を発つから長居もできない。よって、おみやげコーナー込みで1時間で全館まわってこい!

 バス移動中での先生からのミッションはあまりに酷だった。

 さらにこの尋常ではない人混みのロスタイムも踏まえると、水槽見ないで進まない限りミッション・インポッシブルだった。

 午後3時の館内で足掻いた私はよその水槽を犠牲にしてジンベイザメのいる最後の巨大水槽に15分ほど居座ることにした。

 その代わり自前のデジカメで水宙を泳ぐ被写体たちをパシャパシャと大量に撮った。

 いつかジンベイザメと泳ぎたい、いつかスキューバダイビングをやりたい私にとってそれは大きい夢で目標だった(あれから10年以上経って未だに叶っていない、ダイビングどころか海にすら行っていない)。

 いい…すごくいい…もっと撮りたい!

 もっと近くでその姿を撮「もう終わりだ!!」

 先生からの最終通告により海中の夢は強制終了した。

 今日は過密スケジュールだから去るけど、絶対ここに帰ってくるから絶対待っててくれ(行けてない)。

 ジンベイザメがいる大水槽部屋を左側に抜けるとおみやげコーナーがあって、その次が水族館の出口だった。

 このコーナーでチンアナゴが好きな母に美ら海水族館限定チンアナゴぬいぐるみストラップを買った。それも含めて今回沖縄4泊5日のおみやげは国際通りで買ったシーサーの小さい置物とエイサー衣装を着た沖縄限定ドラえもんストラップと、お酒が大好きな父には気軽に飲める泡盛の小瓶(自宅に配送なら未成年でも買ってよいルールだった)という比較的お財布に優しい範囲内で収まった。

 思い出の水族館を後にして、宿泊するホテルまで続くサンセットビーチ沿いの長い道路を僕らのバスは淋しくも夕日色の希望を乗せて走って…なんて妄想をしてみたいが、この時期の那覇の夕暮れは結構早く、バスのヘッドライトがもう点いていた。

 あと横の海岸も東京でも見れる黒い曇天模様だったので見れば見るほど不安になった。

 ホテルに戻るとロビーにはウチの生徒と思われる若者はいなくて、自分が泊まっている部屋に戻ると、水族館に興味ない組の友人らがDSやPSPやウォークマンなどで各自グダグダ過ごしていた。不可抗力とはいえ沖縄に来た内の丸2日間、彼らは朝から晩までずっと室内で過ごしたことになる。

「思い出もへったくれもない」

 最後の布団に入りながら思った一言だった。

 昨日の曇が未だに空に居座っていて、那覇発・羽田着の自分たちを乗せた飛行機は膜を突き破る形で高く飛び立った。

 地上が曇天だったおかげで上空は雲海が限りなく広がっていた。後半は見れなかった青空も最後の最後に拝むことができた。

 2列シートの窓席から外を見つめる私に隣に座る杉下は

「さすがオレだな! さっき曇りでも最後の空の上は青空だ!」

 と言ったので、

「そうだねぇー、ただ雲の上に青空があるのは当たり前だけどねぇ」

 と私は普段のボケに普段のノリでツッコんだら、少し間が空いた。

「バッ…バッカじゃねぇの!? 当たり前だろ! そんなの当たり前だろ!!」

「そうだねぇー」

「……」

「……」

 すまん、本気だったのか…。

 きっかけ作りに窓外も見ながら私は言った。

「まー色々あったけど、沖縄楽しかったな」

「……」

 嘘でしょ、機嫌損ねた…?

 それから離陸中の会話は皆無だった。何でだろ、空気は十分あるのに苦しい…。

 上空も2時間ほど経てば雲の隙間から見える下の光景も見覚えのあるものたちが増えてきた。

 機内アナウンスが鳴った。

「皆様、まもなく着陸いたします」

 いよいよ東京かー…もう少し居たかったなぁ。

 そのとき機体がガクンと揺れた。

 えっえっ何々何なの!?

 窓外を見ると下にある羽田空港はバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨と遠くのビル群に幾度も衝突する落雷に見舞われていた。

 よりによって何故こんな目に…。私は尋常じゃないほど怖くて震えていた。

 実はつい先日TSUTAYAのレンタルで『ユナイテッド93』を観たばっかりだったから、この時期は特に墜落系に恐怖心を抱いていた。

『ユナイテッド93』……2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち、唯一目標に達さなかったユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の出来事を録音機(ブラックボックス)を基に忠実に再現したノンフィクション映画(Wikipediaより)。

「なあ杉下、この飛行機は大丈夫だよな?」

「……」

「いいかげんしろドアホッ!!」

 このコントみたいなやりとりは、滑走路の着陸完了アナウンスにより終わった。

 疲れた…もの凄く疲れた……。でも、あんな酷い環境下で問題なく着陸させた機長は本当に凄い。降りるとき搭乗ゲートで挨拶するCAさんに機長さんへ感謝の言葉を伝えてもらおう。

 荷物を持ってCAさんの前を通るとき、

「グッジョブでした! と機長さんに伝えてください」

 と微笑みの雰囲気で言うつもりが、本番に大変弱いLDは脳内で何度も繰り返して、

「あっ…グッドラックd(あっ違うバカバカバカ!!!)」

 と、グッド繋がりで言い間違えてしまった…。

 私の後ろにいた別の友人から

「お前なにCAさんに口説いてんだよ…マジで引くから」

 と結構な真顔で言われた。

「うーん、旅のノリって怖いな!」

 とお茶を濁したが荷物を受け取るベルトコンベアーで一部始終の傷跡が襲ってきて本当に恥ずかしくなった。第24話のポルノ発言してしまった事件に匹敵するほどの人生の黒歴史だと思う(そして暴露したからこれらの罪を昇華してほしい)。

 きっとキムタクのあのドラマが脳裏によぎったんだな…まったく見てないけど。

 もし、あのとき立ち会ったCAさん、今読んでいましたら、そういう訳です。本当にご迷惑かけました…。

 荷物を受け取ったあとは旅前に約束した帰る方向が同じの杉下ら友人数人で最寄り駅に行く大型バスに乗った。

 CAさんの一件を見た友人は別方向なのでバス中での会話は何もなかったが、飛行機以上に春休み明けが怖くなった…。

 駅で各自お別れして、まっすぐ家路に向かい、玄関を開けて直ぐに自分の布団にくるまった。頼む、悪い夢であってくれぇ!!……となると沖縄旅行全部が嘘になるから、林間サックとインフルエンザと豪雨とCAさんが嘘であるという良い感じに調整してほしい、と思う一方で笑うデメリットあっての思い出に残る旅行の醍醐味ではないのか…? と布団の中で悶々と悩んだ。

 長旅の疲れが溜まっていたのか晩ご飯も次の日の昼までグーグーと寝た。

 2日後、修学旅行での出来事をブログに書いた。アクセス数は3だった。その内の1は横バーの管理ページ向かう途中のウチのパソコンだった。次の日のアクセス数は1だった。その内の1は横バーの管理ページ向かう途中のウチのパソコンだった。

 2年生が終了した。

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【あとがき】

『修学旅行』

 ウチの高校の修学旅行は何かと“曰く”が付いてしまうらしい。

 私が入学する少し前のこと、少し景気が良かったウチの高校はわざわざ海外へ修学旅行に行っていた。その年は韓国に出掛ける予定だったのだが、2001年のアメリカ同時多発テロの影響で海外への修学旅行は中止になった。

 しかも事件発生から日本で1番最初に海外に行く学校がウチの高校だったので、これからの修学旅行の行方について連日報道陣が押し掛けて大変だったとのこと…。

 ちなみに私は今日に至るまで、修学旅行の定番“京都”に行ったことがありません。

 小学校が日光、中学校が青森、その他部活の合宿は鉱物取れる近場の山地、さらに言えば父の出身が京都なのだが、京都の土どころか京都駅のホームすら踏んだことがない(正しく言うと赤ん坊の頃に帰省したらしいけど、もちろんだが記憶にない)。

 なので、いつかは京都に行ってみたい。

 大人になると不思議なもので、あんなに退屈で興味なかったお寺や仏像に関心が湧くようになる傾向がある。逆に子供のとき、あんなに行きたかった遊園地が今はツラい。ジェットコースターとか激しいの乗ると体内の何かが逆流しそうだ(これは私自身の問題だろうが…)。

 そういえば、どこかのツアー会社のプランに「大人の修学旅行」というのがあるらしいね。

 大人の修学旅行、ぜひ行ってみたい。

 京都のお寺巡り、良いじゃないか!

 京都の仏像巡り、良いじゃないか!

 京都の美食巡り、良いじゃないか!

 深夜にまくら投げ…したらやはりダメでしょうか?

 一緒に行く友達いないから、きっと私一人で行くことになる。そうなるとその日偶然一緒になったおっさんにまくら投げることになるのか…。

 あっダメだ!

 絶対やっちゃダメだわ!!汗

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 にぎやかだった文化祭の後片づけを終えて、今年も良い手応えがあったとしみじみ実感していた。

 もう文化祭は去年に経験済みだから、開催中に起こりうるトラブルを想定して自ずと先回りする形で回避した。と書けばカッコいいが正しくはそうではない。

 第31話に出てきた展開とほとんど同じなのだ。そういう意味では去年のマニュアル使えばいいからハプニングに弱いLDには非常に助かる。強いて違う所を言うなら、

◆夏の合宿で集めてきた砂金大量投入
(顧問部員総動員で灼熱の川に数時間捜索はキツかった)

◆アニメに強い部員による原画展示スペース
(正確には非営利目的で印刷した非営利レプリカ展示)

◆去年のスライム製作が今年は人工イクラ製作
(バイオテクノロジーみたいな言い方だが実際は着色したアルギン酸ナトリウムをスポイトで塩化カルシウム水溶液の中に垂らすと化学反応でイクラっぽく固まる超王道実験)

 ついでに人工イクラの作り方は……

『用意するもの』
◆空のペットボトル 500ml
◆スポイト
◆ビーカー
◆食紅(絵の具でもOK)
◆塩化カルシウム(薬局で手に入る)
◆アルギン酸ナトリウム(薬局で手に入る)

 この中から、

①.ペットボトルに水を半分入れ、アルギン酸ナトリウムを小さじ1~2杯加えて溶かす(3~4%アルギン酸ナトリウム水溶液が理想)。溶けにくいのでよく振って、洗剤のり程度の粘性あればOK。

②.①の溶液に食紅を加えて色をつける(絵の具でも構わないので好きな色で遊ぼう)。

③.塩化カルシウム10%の水溶液を作る。多少大雑把でも構わないが濃度が低いと固まらない。

④.スポイトで色つけたアルギン酸ナトリウム水溶液を塩化カルシウム水溶液の中に1滴ずつ垂らす。

⑤.イクラっぽい球状になったら実験成功!

※補足すると……天然イクラも人工イクラも、油球(中にある目玉っぽい黄身にあたる液体)、ゾル(中にあるそれ以外の白身にあたる液体)、ゲル(油とゾルを包む殻にあたる膜)の3重構造になっている。ゲルの作り方は上で学んだので、その中に天然イクラの液体を入れたら事実上の天然イクラとなる。ただし天然イクラはお湯に入れると表面が白濁する。わざわざ確認するには少々高いしもったいないので、お寿司屋でイクラ頼んだときに1~2粒お吸い物の中に入れてみるのがオススメだ。もし濁らなかったら月夜の晩に大将に狙われないことを祈る。なお、この補足は読んでも読まなくても本編に影響はない。

 要約すると「科学部の催し物は成功した」(きれいな一言だろ。ウソみたいだろ。要約したんだぜ。自分で書いといて…)。

 それが理由の1つと、別にもう1つあった。去年に比べて+αな環境に身を置いていたからだ。実は部活の掛け持ちで高2の前半から私は写真部に入部していた。科学部に比べると活動日は少なく、偶然にも日が被ることも少なかった。

 それに卒業した旧高3の先輩の中に写真部部長で掛け持ちしていた人がいたから顧問も部活仲間も承知の範囲内だった。

 ちなみに今回の入部には親友の杉下と同時に入った。その経緯は大変単純で、二人で昼休みに廊下を歩いていたときに英語の選択科目で教えてもらっている写真部の顧問からスカウトされた。スカウトといっても5人以上の部員集めで才能を見出されたとかでは一切ない。けど書道より写真に興味ある自分は「ほなやってみましょか」な軽いノリでその日の晩に家族の承諾もらって入部した。隣の杉下も帰宅部以外は似たような経緯である。

 ちなみに秋の文化祭は美術部・書道部・写真部の3つが毎年合同で展覧会を開催して各部員は番号付いた作品を出展する。

 観覧にきたお客は受付でアンケート紙を渡されて、作品を見ながら自分が良いと思った作品を各部門3つずつ選んで帰りに受付の箱に投票する。ポイントが高かった各部門の上位3名が次回の朝礼で賞状が貰える仕組みだ。

 この年は地元の水族館で展示されていた3方向の照明で赤く透けたミズクラゲの写真と、近所の公園で自分の自転車と土手と池と雲の小津安二郎を彷彿させるシンメトリカル構図によるロー・ポジションからの正面アングル写真(解説:今考えた)と、エトセトラ(別名:もう忘れた)数枚で出展した。

 結果から言うとミズクラゲで金賞を受賞した(勉強と運動以外なら割と早くエリートになれる)。そしてミズクラゲは次の展覧会まで図書室前の廊下に1年間展示された。ただ、褒められる環境に反して内心は複雑だった。実はこの1枚だけは入部に勢い込んで買ったデジカメ(800万画素)のではなく、水族館一通り撮り終わったついでに撮った携帯電話のカメラ(195万画素)のだった。

 みんなが本気のカメラで本気で挑戦していて、自分もまた本気で挑んでいたのに面目が立たない…。

 隣の銀賞と銅賞が一段とカッコ良く見えた。

     〇

 校庭の落葉が落陽の光彩に染まる頃、理系志望なのに期末試験の数学Bで赤点ギリギリを取ってしまった。

 この3ヶ月間で算数ドリル(小2)から何とか数学白チャートⅡB(高2)まで少々駆け足で追いついてきたものの、数列の公式がややこしくて覚えれなかった(告白すると未だに探り探りで式書いては覚え直している)。でも内心点加算で追試と補習は免れた。

     〇

 秋の深まりが雪の深まりに変わる頃、母が持病悪化による腫瘍の切除手術と入院の関係で10日間ほど家を空けることになった。もう冬休みに入った手術当日の夕方には父と一緒に談話室みたいな所で無事に終了したと執刀医から報告を受けた。ついでに「切除した部位見ますか?」と訊ねられたが父子で「見たくない」と断った。さすがに気持ち悪いし。

「うーん、そうですか…」

 執刀医は少し残念そうにその場を去った。

 だけど、その後ろに回した手に持っているドロッとした赤黒い固形物の入った保存袋を残念にも私は見逃さなかった。

「うーん、絶対あれだな…」

 幸いにも今日に至るまでレバーを普通に食べられるので精神被害は(たぶん)無いと思いたい。

 少々刺激的な始まりを迎えた後の冬休みは日中家にいる私が代わりに料理以外の家事しつつ勉強して読書していた。特にその時に読んだ

◆ボッコちゃん(星新一:新潮文庫)
◆江戸川乱歩傑作選(江戸川乱歩:新潮文庫)
◆キノの旅(時雨沢恵一:電撃文庫)

に味わったことのない衝撃を受けた。白地に黒の文字だけで描かれいるその世界は、容易に想像させといて、容易に騙して、容易に想像を裏切る。

 本当に面白かった。この経験のおかげなのか、国語は理科や数学に負けない面白い仕組みを持つ教科なんだと17歳になって、やっと理解できた。

 そして、その興奮を押さえられぬまま私は以前からやりたいと考えていた「大学受験ブログ」を学習障害を伏せて開設した。その理由もまた単純で、10年前は今ほど発達障害について、世間的に知れ渡っていなかったし、何より知的障害者に受験は無理だと言われたくなかった。

“普通の高校生が国立大を目指すブログ”

 そんなシンプルなあらすじでよかった。コメントは来ない、アクセス数も少ない、誰に気にしないで好き勝手に楽しく書いた(ちなみにそのブログ自体はライブドアブログと違うサービスで書いており、数年前にサービス終了でサイトは現存していないが書いた全記事はバックアップしてカテゴリー『古日記』として残している)。

 新年を迎える4日前に母が退院して、無事に家族4人揃って年末年始を過ごせた。


(次回に続く)

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数研出版

【あとがき】

 本編の各こぼれ話。

『文化祭』

 ウチの学校にある釣り部は毎年文化祭に金魚すくいならぬ金魚釣りを催しており、この年に自分は小さい金魚を一匹釣りました。

 その後、我が家に迎え入れた金魚は第17話にも登場するあの水槽で飼われ、5年以上を過ごした結果、5センチ未満だった子が20センチ以上にまで成長しました。

 もうそこまで成長しちゃうと家族の認識も「鯉」として育てました。

 でもさ、見た目は赤金魚なんだよねぇ…。


『お見舞い』

 手術したおかげで母は今も元気に過ごしています。

 当時入院していた病院が家から徒歩で行ける所だったので、現状報告も兼ねて父と一緒に毎日通っていました。

 そして家事全般を任されていたのだが、ある日、洗濯するのを忘れてた事を出かける直前になって思い出しました。

 うーわー…何て言ったものかなぁ…。

 母のいる病室に着いて、

「何か変わったことはない?」

 と聞かれたので、

「(ええっと…)何もないよ」

 と返したら、

「洗濯物はちゃんと干した?」

 私は慌てて、

「あー…まだ干してない」

 と言うと、

「えっ、じゃあまだ洗濯機の中!? どうしよ…絶対臭くなってるよ。やり方分かる? 洗濯機の水を一旦抜いて、それで……」

 もう自白した。

「あぁ…いいです。実はまだ洗濯してないんだ…」

「してない? じゃあ何であんなこと言ったの?」

「み、見栄かと…」

 切除手術を終えて間もない母はベッドの上でめちゃくちゃ笑いました。隣のベッドまで聞こえるぐらい笑いました。切った傷口が開きかけるぐらい笑いました。

 次の日、いつもの通り見舞いに行くと昨日の話が病室内で大ウケしたらしい。

 だからなのか。この病室で過ごす患者さんたちがいつも以上にフレンドリーで優しかった。

 この失敗のおかげで誰かが笑顔になるん「だったら良いかー」と勝手に美談で終わらせました。

 家帰って直ぐに洗濯したけど、もう汚れが固まっちゃったものもあって困ったけど、それが自分の部屋着で「だったら良いかー」とそのまま着続けることにしました。

 まさか29歳になっても着続けるとは思いませんでした…。


『ブログ』

 当時のHNは「渡辺綿飴」ではなく「機械職人」という前名義で書いていました。

 由来は将来「機械の研究をする技術者(職人)」になりたいと願掛け8割を込めて名乗りました。

 では、なぜ改名したのか?

 この経緯もいずれ記事として書く予定です。

 また今回および今まで当ブログに出てきた(自称)独特な文章表現の基礎は上の小説家3名と、その後に出会う

◆三谷幸喜
◆宮藤官九郎
◆福田雄一

◆中島みゆき
◆椎名林檎
◆サカナクション

などの脚本家と音楽家の影響から構成されてます(自称)。

Q.じゃあ、いつになったらその師匠たちと肩並べるようになるんですか?

A.あと500年ぐらい続ければ足元までたどり着けると思います。その前に死んじゃう? それで良いんです。死のうが生きようがいずれ成功すると思ったほうが生きやすいんだからさ…。
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  監督:ピーター・バーグ
キャスト:マーク・ウォールバーグ
ジャンル:ノンフィクション
 製作年:2016年
 製作国:アメリカ
上映時間:107分
  評価:★★★★☆
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【あらすじ】

 
2010年4月20日、メキシコ湾沖約80kmにある世界最大級の石油掘削施設が海底油田からの天然ガス逆流の引火により大爆発が発生。海上一面が炎の海と化した。だが、それは歴史上最悪の“人災”でもあった……。

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【感想的な雑文】

 
やっぱり徹底とした安全管理は必要だし、テストに掛かるコストは微塵もケチっていけないと改めて痛感した。

 前半は利益重視の上層部との衝突シーンが続くが、噴出事故発生後からの展開が怒濤続きで1秒たりとも見逃せない。しかも実話だから悪化する事態に余計に頭を抱えてしまう…。

 テレビで観ても迫力があったのだから重低音が効いた映画館で観たら更に良かったんだろうけど、とにかく現場が地獄絵図すぎて関係者じゃないのにイップス(心理的原因で出来なくなる症状)引き起こしてしまいそう…。

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マーク・ウォールバーグ
2017-08-16
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