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 吾輩は根暗である。職歴はまだ無い。端の多い生涯を送って来ました。――みんなが当たり前に持っている見えないモノが生まれつき持っていない「私」。たった一つだけ足りない、それだけで日常は異常を孕み始める。常識というような空漠たる概念を、どう学べばいいか知らないし分からない。けれど常識はそれを決して許さない。これはつまらない絶望と希望で構成された日々の中で「私」を考え、そして失敗するまでの軌跡譚……という執拗な説明文から筆者(LD:学習障害)の悪癖が分かる共感度0%な長文ブログです。

 このブログは筆者の実体験を基にしていますが、執筆の関係上、多少の脚色と省略と仮名がされていますので、フィクションでもノンフィクションでもお好きなようにお楽しみください。
 なお、私がどこでどのように失敗してきたかお伝えしますが、後の成功や先の方針など未だ決まっていないのでロッキー的なドラマチック・エンディングロールはありませんし、スティーヴ・ジョブズのスピーチ的な人生プランの参考にもなりません。

 初めましての方はカテゴリ「最しょのさい初」の【初めの始め】からお読みください。学習障害について簡潔に知りたい方はカテゴリ「最しょのさい初」の【学習障害(LD)について】をお読みください。それから渡辺は後付けなので綿飴と呼んでくださると嬉しいです。

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A.まず「相手から連絡が来た」を数式の解答とします。

本来は数式の計算のように、互いの間や周囲に起こる様々な出来事を経て、結果的に「相手から連絡が来た」というわらしべ長者のような結末にたどり着きます。

ならば、この「相手から連絡が来た」という解答から数式を逆算してみて、「こうすれば連絡がやって来るだろう」その過程を考えてみてはいかがでしょうか。

この逆算思考法には大きなメリットがあって、ゴールとなる具体的な目的が存在することと、問題文⇔解答の間にある「過程」がほぼ無限大に存在するということです。

たとえば「7+5=?」という式の問題文があった場合、この解答はもちろん「12」です。

では、「解答が「12」になる式の問題文を作れ」と言われたら、その作れる問題文の可能性がどれぐらいになるか、あなたは想像できますか。

(あまり数学的な表現ではないですが…)それは無限大でしょう。

次々と数式を挙げている間に人間の生涯が終わってしまうぐらいに存在します。

いわば多種に渡る可能性、そして様々な場面を想定できる対応性。

その思考法に慣れていれば、勉強・仕事・趣味・交流……あらゆる分野で成功を収めることができます。

むしろ私たちは何で数学を学ぶ必要があるのか。

その理由として、この解答に当たる「物事の成功」を現在点から一つの数式で導く過程を正確に考える、その力を育成することにあります。

たしかに微分積分とか三角関数とか、数学の公式をおぼえたところで社会生活のどこに役立つのか、それは数学の必要性を唱える私ですら思います。

そんな進研ゼミの宣伝漫画みたいに、仕事で発注ミスして大ピンチなときに「あっ、これコーシー・シュワルツの不等式が使えるぞ!」なんてなるわけないでしょ。

数学の計算はあくまでレジのお会計みたいに単なる作業のひとつにすぎなくて、数学で一番大事なのは「問題と解答の間にある途中の式を作り出す」、つまり「原因Aと結果Bの“因果関係を証明する”行為」こそ数学の本質なのです。

最初の質問に戻って、「どうすれば相手から連絡が来るか?」。

あいにく、あなたと相手の関係と状況を知らないので何も答えられませんが、ただ考えるヒントは今回の記事に残したので、そこからあなた自身で応用してみて過程を考えてみてください。

可能性は無限大にありますよ。

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A.自分みたいな七つの大罪(傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲)と私利私欲(私利・私欲)と魑魅魍魎(魑魅・魍魎)を五臓六腑にしてるような害悪の勾玉生命体は、自ら手足に釘刺してでも「理性」でガッチガチに自制しなければ、こちら人間社会に居させてもらう価値もないし、手足の釘を抜いた日から何やかんや粗相して逮捕されて護送されて裁かれて地球追放でしょう。

作家として全く稼げていない、社会的認知度は皆無、良いご身分にマイナンバーとやらを持っているから生存分の税金は掛かる、その間も呼吸をして地球の酸素を減らし二酸化炭素を増やしている。

死刑台の階段13段の数だけ、骨肉ペーストを焦がして灰になるまで処してもまだ足りません。

新人猟奇殺人鬼向け「人肉解体セミナー」の練習用肉体、大富豪たちの娯楽「人間狩猟」の裸体獲物、地雷の爆破処理のためにエリア歩かされる片道切符バックパッカー、デーモン・コア実験でマイナスドライバーを引くだけの簡単な日雇い労働者……これぐらいしか今のところ働き先がありません。

理性という釘を自主的に抜いていないことで何とか周囲から毎分の免罪をいただいている、そんな満面に微笑んでいる状態です。

もしも、あなたの近くに欲望に忠実な無職がいたら、車で一瞬に轢きたくなりませんか?

法律では割り切れない、どうしようもなくて葛藤に心許してしまう瞬間が…。

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【本日の推薦図書】

木村多江
2022-01-28
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A.初対面で会話を交わしたときに、その相手が大変感じの良い人だった確率は非常に少ないものですが、どうしてこうなるかと言えば、(初対面に限らず)誰もが「他人の言っていること」よりも「自分の言いたいこと」を考えているからです。

もしも自分の話を聞いてほしければ、誰よりも人の話に耳を傾けるべきです。

話の順序的に別に言わなくてもいい部分、それどころか丸ごと無駄話ができる自由を、誰よりも人に与えてあげましょう。

会話の場面でよく見られるような話題が繰り返したり遮ったりすることなく、反対に相手の考え方や好みについて何かしら興味を持って、相手のことを理解していることを示して、相手の話に関係ありそうな情報を提供し、相手の言うことが(褒めるに値する限り)出来るだけ褒めて、しかもお世辞の喋りではなく、進んで目に留めて褒めているのだと解らせなければいけません。

どうでもいい寄り道にいちいちツッコミ入れず、余計な質問はなるべく慎んで、「自分の方が論理が正しい」とは絶対に思わせないように、そしてオチを決める「おいしい役」は相手に譲らないといけない。

逆に、話すときは自然で分かりやすく、話し相手の気質と傾向に合わせて適度に真面目なことも挟んで、自分の言うことに賛同を迫ることなく、強いては返事を求めることも慎むべきでしょう。

こんなふうに、いわゆる「大人の会話マナー」守るべき条件を満たした上ならば、聞いている人たちに支持されたい気持ちを胸の中に秘めつつ、こだわりなく、また意地を張らずに、自分の意見を述べてもいいでしょう。

自分自身について長々と喋ったり、自分の存在に注目させる行為は避けないといけません。

話を聞いている人たちの傾向や力量を知ろうとする心がけは、いくらあっても足りないぐらいで、これをうまく利用すれば「グループの中で最も頭のいい人」だってなれるし、また「相手の考えを引用する」形で自分の考えを付け加えて述べることも可能です。

扱う話題について語り尽くしてしまわずに、必ず他の人に何か考えさせたり語ったりする余地を残すのも会話において賢明な手段です。

権威あり気に上から目線で喋ったり、事実よりも大げさな言葉や表現を用いることは断じてしてはいけません。

「自説が理に適っている」のならば少々頑張っても構いませんけど、その代わり頑張りながらも決して他人の意見を責め立てたり、他人の言ったことに気を悪くする態度を見せてはいけません。

常に会話の主導権を握ろうとしたり、同じ内容をあまりに何度も話すのは、「会話の煽り運転」と言っていいほどの危険な行為です。

場面ごとに出される楽しい話題のすべてに後先考えず飛び込んで、半強制的に自分の言いたいことの方向へ引っ張り込む行為や素振りは決して見せてはいけません。

どんなに上品でユーモアに富んだ会話でも、あらゆる種類の会話があらゆる種類の相手に同じように耳を傾けるとは限らないことを知って、そして細心の注意を払う必要があります。

それぞれの人にふさわしいワードを即行で選び、さらにはそれを言うタイミングさえも綿密に選ばないといけない。

しかし、話すための技術がたくさんあるとすれば、黙ることもまた劣らぬだけの技術があります。

世の中には「雄弁な沈黙」というものがあって、それはときに相手の意見に賛同したり否認する場面にも役立ちます。

上達すれば「からかう沈黙」「敬意に満ちた沈黙」だって容易く可能です。

同じように、顔つき・物腰・仕草、しばしば会話に愉快さ(もしくは不愉快さ)、楽しさ(もしくは腹立たしさ)をもたらすものがあります。

それらを上手に生かす秘訣は、残念ながらごく僅かな人にしか授けられていません。

その秘訣を持つ彼ら自身だって時々失敗してしまうから、安易に彼らのことを見様見真似してもいけません。

会話が上手になる最も確実な方法は、(あくまで自説ですが)そういうマニュアル的な方法など一切持たず、言うことの中に「気取り」よりもむしろ「無頓着」をのぞかせて、彼らの言葉をひとつひとつ傾聴し、最低限の情報量で簡潔に話して、そして決して無理やりに喋ろうとしないことです。

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【今回の記事で「どこが簡潔だよ」と思ったあなたへ】

こんなダラダラ説教臭え回答を1か月間も書き続ける老害が、お世辞にも「話し上手」なわけないでしょ…。

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【あなたからのご質問、ノージャンルでお待ちしています】



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